【お月見】


 
 夕日の沈み掛けた帰り道。
家々から漂ってくる夕飯の様々の香りに、アパートへの歩みを早める。
図書館から、本屋に寄って少しだけと思いつつ、色々なモノを捲っている内に結構、時間が経っていた。

 慌てて帰った部屋で待っていたのは、いつものように腹減った〜と部屋で転がっている旦那じゃなく。
珍しくも台所で甲斐甲斐しく立ち働く神田だった。
「何、作ってんだ?」
ただいまという代わりに、声を掛ける。
「ん〜、カレー。」
こちらを振り向く事もなく、ちょうど煮込んだ鍋にルーを割り入れている最中だったらしく、ふわっとスパイシーな香りが鼻孔を掠める。
「おー偉い、偉い。」
持っていた荷物を借り置きして、出来上がりかけたカレーを覗き込む為に背後から近寄った。
「でも、なんで?」
神田の肩に顎を乗せるようにして、聞いてみる。
食事当番は神田じゃなく、俺のハズだったので素朴な疑問だ。
「実はさ、これ喰いたくなって。」
そう言って指差した先にあったのは、「だんごの粉」とそのまんまの名前で印刷された片手に乗るくらいのビニール袋。
神田が商店街に酒のストックを買いに行っていて、見つけたらしい一品だった。
「喰いたいなーと思って見てたら、おばちゃんに『ちゅうしゅうのめいげつ』だか何だか言われて・・・。」
「結局、買って帰ったと。」
うんうんと頷いているので、しょうがない。
「自分でやってみたらいいだろ?カレーだって肉じゃがだって作れるようになったんだから。
 大体、袋の裏とかに書いてあるだろ作り方とか。」
そう言ってやると、目の前に無言でボウルを差し出される。
「なに・・・?」
よく見ると、うっすらと2層になった中身は上が薄白い水と底に溜まったと思われる白い何か・・・。
もしかして!と思い付き、声を出そうとしたら神田の声に遮られた。
「水の分量失敗してさ、最初は真っ白い水だったのに何かだんだん底に溜まってくるんだよ〜。」
やはりそこにあったのは、団子の粉を練り損ねた物体だった。
それも練れると言う状態でなく、バシャバシャの液体だったけれど。
「よくこの状態で置いといたな。」
そう言って感心すると
「だって、お前捨てたら喰いモン粗末にするなって怒るじゃん。」
躾はきっちり行き届いていたらしい。

 カレーの出来上がりを見る前に、さっさとエプロンを付ける。
鍋に湯を張り、沸騰を待つ間に戦闘開始。
さっきのボウルからある程度の上澄みの水を流し捨てて、更に置いてあった新しい「だんごの粉」を開ける。
粉を追加して練ってやるとそれなりに纏まってきた。
それを呆然としながら見守っている神田の顔を見て思わず笑ってしまった。
「何て顔してんだよ。」
「え・・・魔法みたいだと思って。分量って見なくて良いのか?」
くくっと湧き上がる笑みを止められなくなる。
子供みたいで可愛いと言っては何だけど、神田にはこうゆう憎めないところがある。
「ここまで来ると目分量と手触りだな。でも神田。
 この団子凄い量になるぞ、カレーもあるのに食えるのか?」
「喰う!」
きっぱりと言い切られて、追求はしないでやる。
そのまま、いい加減練られた団子の粉をボウルごと神田に渡し、
「じゃ、丸めて茹でろ。茹で上がったら取れよ。」
そう言い置いて、沸騰した鍋の前に進めてやると怖々ながら、諦めて団子の生地を丸め始めた。
その様を見て、大丈夫だろうと勝手に解釈してその場を離れたんだったけど。
あれからずいぶん時間が経ったというのに、まだコンロの前にいる神田を不審がって、もう一度覗き込んだ。
その手元は、皿の上にも山と団子が盛ってあるというのに、目の前の鍋一杯にも団子が浮かんだまま!と言う素晴らく頭痛のする眺めだった。
「神田・・・!正気に戻れ!この量どうやって喰うんだ!!これ以上、作るな!!」
その言葉でやっと正気に戻ったらしい。
目の前にある団子の山をしみじみと見ている。
「すげー。」
自分が作った事実も忘れて感嘆の声。
見ても量が変わる訳じゃないのだけれど・・・それでもボウルにはまだ少し生地が残った状態と言うのが一番恐ろしい。
作った事がない奴らが、やるとこうなるらしい・・・。
「神田・・・どーするこれ?」
「喰うしかないわな・・・。」
カレーの事なんかすっかり忘れた事にして、テーブルに移動させた団子の山を見る。
一応揃えたのは、神田が買ってきてあった『餡子』と『きな粉』と定番の『砂糖』。
自分たちも畳に座り込んでつまみ食いしながら、ついつい笑いが湧き上がる。
「誰が喰うんだよ、団子ばっかりこんなに。」
ひとしきり笑い合って、笑いの波動も治まったところで、神田が思いだしたように聞いてくる。
「なぁ、『ちゅうしゅう』って何だ?」
一瞬、何を聞かれたのか分からなくて、顔を見直す。
「だから『ちゅうしゅうのめいげつ』って何だ?」
そう言われてやっと、言われた言葉が理解出来た。
「『中秋の名月』ってーのは、要はお月見だよ。
 よく絵なんかに描いてあるだろ、兎なんかがすすきを花瓶に立てて、団子飾って月見上げてるの。」
「あー見た事あるような気がする・・・、へ〜〜〜っ。」
「で、その『中秋の名月』っていつだよ。」
「さて?旧暦の8月15日って話だけど、今年はいつだろうな?」
部屋にあるカレンダーを覗き込んでみても、「大安」と「仏滅」ぐらいの表示しかない。
「わかんねーな。」
「なぁなぁ、今からすすき取りに行かない?」
もう日はとっぷりと暮れきって、今頃ちょうど他人の家庭は晩ご飯。
「お月見やんの?」
「うん。」
もの凄く明るく言われて、その気になる。
「じゃ・・・高坏は・・・『屠蘇器』の台使うか。」
「それ自体も使おうぜ、帰りに酒買って来てさ。」
盛りきれなかった団子は、すいとん仕立てにする事にして。
夜の河原へすすき取りに出掛ける。

 月で出来る影がくっきりと浮かぶような明るい月に気を良くして。
男二人でじゃれ合いながら歩く。
辿り着いた河原にまだ、思い通りのすすきは形になってなかったけれど。
折角だからとまだ開いてもいない青いすすきを数本、千切って帰った。
帰り着いてからも興奮しているのか、楽しい気持ちが収まらず見事、『お月見』をセッティングして、電気を消して月を見上げた。
「きれーだな。やっぱりあの河原にこれ全部持っていったら良かったか?」
「馬鹿、それは単なる不審者だろ。」
「つまんねー。」
「まぁまぁ、でも良い月だな。」
「ん、満月じゃないけどな。」
二人でどちらがどちらにも凭れ掛かって、酒を傾け、月を見上げる。
「またやろーぜ、これ楽しー。」
「うん。」

 そんな事があって、数日経ったある日。
百里で何気なくめくったカレンダーで、正しくその日が『中秋の名月』である、8月15日だった事を見つけた神田が、そのカレンダー持ったまま走って報告に来た。
「『中秋の名月』って満月って訳じゃねーんだな。」
「ああ、初めて知った。」
「でも、またしような。」
「ああ。」
日々を楽しめるって案外良い事なのかもと思いながら。
神田にとって来たカレンダーを元の場所に戻してくる事を言いつけた朝だった。


< END >

 今年の「中秋の名月」は実は満月でした(ちなみに9/11)。実は来年も再来年も満月(私の行ってるサイトさんの予想が正しければ)。
本当は「栗名月」は十三夜で、十五夜は「芋名月」だとか・・・突っ込みどころ満載なので、敢えて流して下さい〜〜〜(涙)。・・・調べれば調べる程判明していったのー。NO〜〜〜!!
2003.09.20

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