【St Valentine’s Day】


 
 また奇妙に浮かれたこの季節がやって来た。
2月のバレンタインデーが近付くにつれ、何でか女っ気の少ない基地内も何がしらそわそわとしてくるから不思議だ。
勿論、恋人や夫人から確実に送られて来る者もいれば、何処からか本人もあずかり知らぬ所で人気が出て郵送で山と送られてくる猛者あり、基地祭などで仲良くなった女友達恋人未満からのチョコレートを待つ者ありと様々だが・・・。
さっきから背中に感じる一つの視線に無視を決め込む。
「で、何?西川ちゃん。」
「いえ・・・あのそろそろ、振り向いて上げても良いんじゃないですか・・・?」
「何で?」
にっこりと笑ってやると、目の前の声の主も口を閉ざすしかなくなったようだ。
間も変わらず、ここはアラートで。
懲りもせずに俺達はだらだらといつ掛かるとも知れないスクランブルの声を待ちつつ雑誌を読んだり、雑談に興じたりしている最中だった。
視線の主は分かっているが、振り返りたくないと言う意志を曲げる気も無い。
俺は栗原宏美。自衛隊の百里基地でファントムに乗るナビゲーターだ。
ナビゲーターと言う事は相方がいて、それがパイロットである神田鉄雄。
この男と俺の関係が単なる相棒から、男同士でありながら恋人同士という余り人様に大っぴらに出来ない関係になってから既に何年にもなっていた。
そりゃ恋人同士になって何年も経てば基地外で「好き」だの「愛してる」だの言われても、まぁそれなりに受け取れるというか、流すと言うか・・・慣れも出てくるが。
このバレンタインの時期だけは頂けない。
よりにもよってこの男と住んでいる場所が同じアパートの隣の部屋だという事実も、ほとんど一部屋を荷物置き場にして残った一部屋で同棲(もう今更同居と言うのも憚られる)していると言う事実もその事に拍車を掛けていた。
まだバレンタインデーに2週間以上あると言う日から当日の今日まで、朝から晩まで直接ないし間接で「チョコレート」の言葉が出れば、自分でなくても辟易としてくるというものだ。
「女じゃないんだから」と言っても、「今更」と言っても神田は諦めない。
それもこう毎年となると俺の機嫌も悪くなって仕方が無いと思いつかないのか。毎年毎年懲りない。
バレンタインに送る、たかがチョコレート一つが何故そんなに必要なのか?と詰め寄ったが、逆に子供のように「欲しいんだってば〜〜」と開き直られ、挙句畳に転がられては、問い詰める事自体諦めた。

 俺達の関係を何処まで知っているのか分かりかねる西川と水沢の320号コンビが何とか俺達の関係の修復を試みようと色々言ってはくれているが、今回ばかりは今日が無事過ぎ去るまでは神田に関わる気も無い。
前の年にはギリギリまで黙っていて、当日自分で買ってきたチョコレートを俺に押し付け、渡せと迫られた。
更に前の年にはくれと何度言って来ても無視を決め込んでいたら、最後には神田からチョコレートを押し付けられた。
何故か今年に限って、口が酸っぱくなる程「チョコレートをくれ」と口にも、行動にも出して迫って来ていた。
多分、何かを誰かに聞かされてその気になった上から、俺が意固地なぐらい嫌がるのでムキになったんだろうが・・・それは俺も同じだった。
余りにしつこく言われて、やる気も無くなったと言うのが真相だ。
通常似ていないと言われる俺達だけど、すぐにムキになる。そう言う所は似ているらしい。
その上、この男は今回、基地内ではそういう事を言わないと言う暗黙の了解を破って、公衆の面前で
「栗ちゃん、チョコレート頂戴!!」
と言って来たのだった・・・。
間髪入れず、
「阿呆か〜〜〜〜〜っ。」
と叫んで、チェックリストを振り下ろした俺を誰が責められる。
そりゃ周りは本命もいない俺達が間も変わらずじゃれて遊んでると思われているらしいが、内情が内情なのでむやみやたらと愚痴るわけにもいかず、本気で嫌になっていたのだ。
当然そうなると当たりは厳しくなるし、表情は険しい。
そのまんまの状態を引きずったまま、スクランブル要員になっているのだから、何よりも堪らないのは一緒に組んでる他メンバーだ。
・・・その噂をきっちり誰かから聞いて知っているだろう、メンバーは当然の如く口が重くなる。
「神田さん、謝ってしまえばどうですか?」
やはり気詰まりなのか、ぽそりと囁いたはずの水沢の声が俺の耳にも届く。
「どっちもムキになってるだけでしょう。」
自分達より他人の方が第三者なだけに、この煮詰まった状況が良く分かるらしい。
しかし、そうなると居づらい事この上なく・・・。
「煙草吸ってくらぁ。」
とっととその場を逃げ出した。

 逃げ出した官舎の壁に凭れ掛かって、煙草を吹かしているといつの間にやら神田がひょっこり姿を現していた。
「犬みたいな奴だな。」
「ごめんなさい。」
言った言葉を聞く暇も無いスピードで一気に誤ってきた。
「今更、誤るか?今更!」
つい恨みがましく、今更に力を込めてしまう。なんたって今回の喧嘩は長く、周りにも十分迷惑を掛け過ぎた。
だからこそ、皆もアラート中に抜け出している事実を黙認してくれているんだろうが。
それでも夜空を見上げて、落ち着いてきたのも本当で、これ程までにチョコレートにこだわる神田の真意を聞いてやる気になった。
「一体誰に何言われて、そんなにチョコレートが欲しくなったんだ。」
「・・・・・。」
鼻の頭をカリカリと掻くと、意を決したのか口を開いた。
「俺もムキになって忘れてたけど、本当はチョコレートが欲しかったわけじゃなかったんだ・・・。」
「はぁ!?」
驚いて上げた声を神田の手で塞がれる。
「しーっ。」
塞いだまま残りの手で人差し指まで立てられては、逆らう気にもならず。
黙っていたら、指と一緒に近付いてきた唇に、外された手の替わりと言わんばかりに口付けられ文句も言えなくなったが。
挙句、喧嘩を始めた最初の頃は兎も角、バレンタインデー当日が一週間を切る程近付いてからはとことん嫌気がさして、肌に触れさせる事はおろか口付け自体も許してやっていなかった事実にこんな事になってから気付く始末で・・・。
深く身体に馴染んだ男の感触と匂いは、理性までを崩す効果があって、いっそと誘いかける欲望を押さえ込むのに苦労する。
気付いたら神田の身体を曳き付けるように腕を回して、唇を貪っていた。
またその動きに神田が呼応して答えて来るもんだから始末が悪い。
「・・・勤務中だ〜〜〜〜〜〜っ!!」
残った僅かの理性をフル活動して、神田を引き剥がしに掛かる。
「あ?・・・そうだった・・・。」
本当に今、正気に戻った声で呟かれる。
「そうそう。」
素直に離れた事に安心しつつ、離れた身体を落ち着かそうと煙草を銜えてみたら、それは完全に燃え尽きていた。
途中まで吸っていたとはいえ、バツが悪くてやってられない。
「なぁ、栗。俺のこと好き?」
「はぁっ??」
元居た部屋に戻るべく動き出した時にそんな事を聞かれては、歩く足も止まる。
「なんだそれ?」
「だから、俺のことが好きかって。」
横に並んだ顔はじっと前を見たままだったけれど、声は思いのほか真剣で、そう問われたらこちらも冗談で答えるわけにも行かず。
「好きじゃない男相手のキス受け入れる程、俺は酔狂じゃない。」
「ん〜〜〜〜そう言うんじゃなくって。」
天を見上げたと思ったら、いきなり髪をぐしゃぐしゃに掻き回し出した。
驚いて事の成り行きを見ていたら、一気に背中側を壁際に追い詰められて、腕の中に抱え込まれる。
逆らおうとする気は、情けなささえ滲む声に遮られた。
「栗ちゃん気付いてる?」
それも出てきた言葉は神田が甘える時に使う、それで。
「?」
「いつも好きって言ってるの俺からだって。」
「へ・・・?」
「栗ちゃんから好きって言って貰った事は一度も無いって事。」
「い・一度も?」
「そう、俺も言うほうじゃないけどさ。
 考えてみたら言って答えてくれた事はあっても、自発的に言ってくれた事は無いって事に気付いちまって。」
「・・・い・・・。」
「バレンタインにはチョコレート渡す時に告白するだろ。
 だから貰いたかったんだって、水沢に『そもそも何でそんなにチョコレートが欲しくなったんですか?』って言われてやっと思い出した。」
かなり酷い扱いをしてきた事実を神田の口から聞かされ、そうなるともうこちらに残ったカードは謝罪しか無いわけで・・・。
アラート中だとか、ここが職場だとか言う良識はこの際、捨てる事にした。
下に下りていただけだった腕を神田の身体に巻きつけ、残りの片腕で宥めるように頭を撫でてやる。
「考えた事なかった。ゴメンな。」
その声を受け取って、身体に回された腕がきつくなる。
「言葉が全てじゃ無いって分かってるんだけど、言葉も欲しくなったんだ。」
「うん、・・・わかった。
 神田が好きだ。お前がいなくちゃ昼も夜も無いぐらい。誰にも代えられないぐらい神田鉄雄を愛しているよ。」
柔らかく、言い聞かせるように耳元に囁いた台詞は口に出した事は無くても、確かに俺の中にあった思いだったから、驚くほどすんなりと音になった。
でもめったに言った事が無かった台詞は、言う側よりも受け取る側にこそ爆弾だったらしい。
その囁きに返って来たのは、何と泣き声で・・・。
「泣くなよ。」
「だって・・・。」
「そんな顔で皆の前に帰れないぞ。」
「うん。」
そう言いながらも、即帰れる筈も無い事は分かっているので二人してその場に座り込んだ。
仕方が無いので、結局またもう一本の煙草に火を点ける。
「バレンタインはこれでチャラにしろよ。」
「充分。」
頭上には満天の星空。
こんなに長時間職場放棄したまんまでも何とか許してくれてる心優しき友人達に感謝しつつ、今日はこのままスクランブルが掛からない事を祈って隣りで鼻を啜っている男の肩を抱いていた。

< END >

 書いてて爆笑、大暴走!!何で神田泣いてんのよ!!
無事に元の部屋に戻してやって、順子さんからと美和子ちゃんお手製のチョコレート喰わしてやる筈だったのに・・・なんでやねん(汗)。ウチの奴らは何処行くかわかんね〜〜〜(大汗)。
元々は、もっと内容も色っぽくしてやる気だったんですが、気付けばこんな事に・・・(苦笑)。
栗ちゃんは爆弾吐いてるし・・・もぉ良いけどね(笑)。
また来月どっちかでお会いしましょう!あでゅー!。
2004.02.17

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