【紅葉狩り (1)】



 秋も深まってきたある晴れた日曜日。
誰ともなしに言い出したのは『紅葉狩り』。
言い出しっぺは一体誰だったのか?今となっては確認するすべも無いが、珍しく前日、当日共にスクランブル要員に当たる事も無く、集まる事になったのは、揃いも揃って、西川家、水沢家に毎度お馴染みの神田と栗原、ついでに何の勢いか司令に鷹子ちゃんまで・・・と言うラインナップだった。
そしてこの大所帯を全て収納出来る所と言えば、当然の事のように、集合場所は司令の家になり、車を出すのも司令と言う事になっていた。

 まず最初にやって来たのは、西川家。
「この度は、一家でお誘い頂きまして、どうも有り難うございました。」
白のシャツにコットンの薄いブルーのズボンを身に着けた西川家の奥さんである順子さんが被ってきたサンバイザーに後ろに大きなリボンの付いた帽子を外して丁寧に挨拶している。
「こちらこそ急にお誘いしてしまって、ご迷惑では有りませんでした?」
そう言っている鷹子もいつもは見ない黒のピッタリしたズボン姿で上着には襟の幾分大きめの同じく白のシャツに前に大きなリボン結び。
「いえ、娘共々、楽しみにして来ましたので。」
そういって、足元にまとわり着くように張り付いている娘の頭を軽く抑えてお辞儀をさせる。
出迎え役の鷹子と挨拶をすませたハズの奥方は全く近寄ってくる様子もなく。ころころと笑い合っている。
まだ他に誰も到着しておらず、身の置きどころが無い西川は、居るであろう司令を捜すが、あいにく近くに人のいる気配は無さそうだった。
仕方が無いので、玄関ポーチから庭へと移動し、勝手に愛娘を抱いたまま椅子に座って皆がやって来るであろう方向を、ただ人待ち顔に眺めていると・・・。
「わりーーぃ!遅くなったー。」
「だから、時間有るって言ってるだろうがー。」
けたたましい叫びと、それを追うように叫ばれた言葉と共に、神田と栗原がその場に転がるように駆け込んで来た。
「鷹子ちゃん、俺ら遅刻?」
鷹子は肩で息をしながら膝に手をついた格好で、それでも真正面から見上げるように問い掛ける神田の迫力にも、まったく動ぜずあっさりと
「いいえ?まだ、時間有るわよ?」
言った途端に、追い付いた栗原が神田の肩を掴むや否や
「時間、間違ってるって言ってんのに、まったく聞きもしないで、このバカ・・・が・・・。」
言った途端にこちらはその場にへたり込んだ・・・。
「鷹子ちゃん、水ー。」
叫んだのは何故か、神田だったりして。
栗原が差し出された水を飲んで一心地付いた頃、電話の呼び出し音が家の中から響いた。
鷹子が母親に呼ばれ、家の中へと入って行く。
「珍しいですね、栗原さんが神田さんを追って走って来るなんて。」
そう、記憶の中での栗原は神田を走らしてはいても、栗原本人が神田の後を追って走ると言う事は稀だった気がする。
そう思いつつ、それまで自分が座っていた椅子をばてた栗原にすすめた。西川が代わってくれた椅子に座り、コップの水を飲み干した栗原が口を開く。
父親が栗原に話し掛けていて、自身から気が逸れたその瞬間に、娘は遊んでくれそうな神田に向かって一目散に駆けて行った。娘を完全に取られた状態で、呆然としていると、栗原からの返事が返って来た。
「騙したからな。」
「は?」
「違ってたのは、神田の記憶じゃなくって、俺が伝えた時間。」
「騙してた事がばれると後で面倒だから、追って来た。」
楽しそうに戯れている、ゴリラと子供を眺めつつ。
「でも、もう新しいお友達も見つけたし、そんな事忘れてるだろ。」
同意を求めるように西川を見上げた。
西川は吹き出したいのを、口を覆った手で押さえ込み、平静を装っているがかなり無理が有るらしい。
「神田さんに任せると時間ギリギリですからね。」
「そう、飛行機絡まないとダメ人間だから。ほら、遊びに夢中になった子供と同レベル。」
堪えきれず、二人で笑い出す。
笑いの発作と言う物は耐えれば、耐える程、反動が大きいようで、最後には二人とも結構大きな声で笑っていた。

「ごめんなさい〜、みんな聞いてー。」
声に振り向いてみると鷹子だった。
「水沢さんのお宅、美加ちゃんが急に熱が出たらしくて、欠席ですって。」
それはしょうがないとか、風邪か?等の心配の言葉が飛び交う中、鷹子が申し訳無さそうに俯いたかと思うと、意を決したように口を開いた。
「ごめんなさい、それとウチの父も欠席って事で・・・。」
「何?仕事?」
一斉に皆が聞き返して来た。
「えーと、あの・・・。昨日、階段から落ちちゃって、今日動けそうにないのよ。
 だから『紅葉狩り』は今現在集まってるメンバーでって事で・・・。」
鷹子が言い終わるかどうかの内に、百里ご一行様はゾロゾロと、庭先から家の中に入って行く。残されたのは状況をおもんばかった女性陣のみ。
そして、やっぱりというか、次に聞こえてきたのは司令の悲鳴。
「おわあ〜〜〜っ!!」
無惨にも布団にふて寝の最中、人の気配に気付いて目を開けてみると・・・取り囲むように立っている今一番見たくない部下の面々。
「大丈夫ですか?司令。」
西川が心配そうに口に出した事を皮切りに、一斉に口を開く面々に、ついいつもの罵声がこだまする。
「五月蠅いわい〜〜〜っっ!!・・・痛っあたたた・・・。」
「ちょっとパパ!!騒いじゃダメって言われてたでしょう。」
慌てて後を追ってきた鷹子に止められ、そのまま枕に懐くしか術のない司令だった。
「ぎっくり腰なの。骨折とかの怪我じゃないから、安静にしてなさいって事で・・・。」
鷹子が病名を言った事で安心したのか。全員が庭の方に引き上げる。廊下には主人の叫び声に驚いてやって来た婦人もいて、それぞれに謝りとお見舞いを告げ、退出することしかできない。
最後に残ったのは、西川家の娘。
「おじちゃん大丈夫?」
「ああ、大丈夫だよ。おとなしくしてたら治るんだよ。」
「ふ〜〜〜ん。」
父親に出掛けの挨拶をしに来た鷹子が、そのやり取りを見つけてこっそりと手招きをする。
「おじちゃんね寝てなきゃいけないから、皆、出掛けるから一緒に行きましょ。」
「うん。おじちゃん、おとなしく寝ててねー。」
笑える台詞だけれど他意は無い。
鷹子も障子の隙間から軽く手を振って、その場を後にした。

 さて、それから不思議な顔をした面々がいる車庫に行くと、一気にオートロックキーで眼の前にある車のロックを外した。
軽い調子でガラリとスライドドアを開き、自分の荷物を乗せると他のメンバーにも荷物を乗せるよう指示をする。
「さぁ、時間もいい感じだし、出掛けましょう!今から行くとちょうど着いた頃、お昼になるわ。」
「いや・・・鷹子ちゃん・・コレ、誰が運転するの?」
「私よ。」
アッサリと言ったら、リアクションは大した物だった。
皆が皆一瞬口を開けそうになるのを、何とか堪えたと言う微妙な表情だった。
「だって、皆で乗ると思ってパパが借りてきたのよ・・・使わなきゃ意味無いでしょ。」
皆の目の前にあったのは、見事なまでの「わ」ナンバーの7人乗りのワンボックスカーだったのだ。
「本当はコレとパパの車を出して2台で行く気だったんだけど。折角1台で皆乗れるんだし。」
「う・運転変わろうか?」
「それが保険の関係で、パパか私しか運転出来ないのよ。」
そうにっこりと笑って言われてしまえば、残る面々は口を噤むしかなく。
「じゃあお邪魔しま〜す。」
「私も乗る〜〜〜。」
戸惑っている男達をするりとかわして、まず車に乗り込んだのは西川家の細君とお子様。
そうなってくると、男共も腹を括って乗り込むしか、術は無く。
次々と乗り込んで、荷物の置き場所やすったもんだの上、決まった席順は一番奥に神田と栗原。
二段目の座席を西川家に渡し、助手席は空いたままで、運転は鷹子ちゃんとなった。
「じゃあ、行くわよ〜〜。」
嬉々とした鷹子の声を聞きながら、ボソリと神田と栗原が言い交わす。
「鷹子ちゃん、車好きって本当だったんだな。」
「俺が昔司令に聞いた話では、結構なスピード狂らしいから、腹括るしかないみたいよ神さん。」
「俺は〜〜〜っ、自分で運転してない乗り物は怖いっ!」
「寝てれば?」
「うううう。」
そんなやり取りが後ろで交わされているとは露知らず、朗らかな声で喋りあっている女共はいつでもかましい。
いつの間にか膝に乗っていたはずの娘は、ちゃっかりと助手席に陣取って持って来たジュースなんぞを貰っている。
父親なんぞそんなものかと後ろを振り返ってみれば、ふて寝を決め込みそうな神田さんと取り残された栗原さんが目に入った。
「男って奴はこれしかないんですかね〜〜〜。」
「こんなもんでしょ。」
苦笑いを浮かべる二人の掲げられた手には350mlのビールの缶がちゃっかり握られている。 そして何故か・・・寝たはずの神田の旦那も前の席から缶を握ったまま、口に裂きイカの袋を咥えて後ろの席にとやって来ていた。
寝ていたはずの神田はプルトップを押し上げる音で目覚め、「ずり〜〜〜〜〜〜〜っ」と言ったと思うと鷹子達にビールを強請りに行ったのだ。
「飲み過ぎはダメよ〜〜。吐きたくなっても車は止めませんからね〜〜〜。」
おつまみと大量のビールの置き場を指示してくれた当人から、笑いながらの正反対の台詞が告げられる。
「了解ー。」
「おっけー。」
3人が椅子の位置を移動させて、円を囲むように酒盛りを始めようとする所に重箱の1段を持って来る子供の姿が見える。
「これ、お母さんが。」
どうぞと差し出されたその重には、おつまみになりそうなおかずがぎっしりと詰まっていた。
「おほ〜〜〜愛されてんね、旦那!!」
「いや〜〜。」
前方では女性陣、後方では男性陣と、はっきりと分かれながらもそれぞれに楽しんでいるのは明白で、そんな感じで時を過ごす内に一気に車は目的地へと滑り込んだのだった。
「ここからは歩きでお弁当を食べる場所まで行きまーす。荷物は持って降りてよ〜〜〜〜。」
降りた場所は天気は申し分ないはずなのだけど、空気がひんやりしていて、気持ちが良かった。
けれど肝心の紅葉の赤は見て取れず、目の前に広がっているのは常緑樹の緑ばかりが目に付く、唯一見える秋らしい色と言えば、銀杏の黄色で。
「鷹子ちゃん、本当にココ?」
そう聞いてくる神田を誰も咎めなかった。
「そう、ここよ。少し歩くけど穴場があるのよ。」
そうにっこり微笑まれたら、誰しも逆らうはずもなく。
いつの間にか、重い荷物は全部男性陣が運ぶ事になって、けれどそれでも今から食べるお弁当が入っていると思えば、文句の出ようも無い。
そうしてそこから五分もしない間に、ちょうどさっき車を置いた裏手になる部分に来て、そこから下った山の斜面は一面の赤。紅葉の濃淡以外の色もなく、ただひたすらに赤かった。
「すっ・・・。」
「すげぇ。」
「圧巻だな・・・。」
「きれ〜〜〜〜い、お母さん、綺麗!!すっごくすっごく、綺麗。」
小さな身体を丸めるようにして両の拳を握って力説したかと思ったら、その辺りを跳ね回りだした子供の姿に誰しも頬が緩む。
「本当に綺麗だな・・・。」
「凄い所ですね。」
「そうなのよ、なんか山を切り開いて作った公園だったので、その場所場所に季節を象徴するような物が植わっているの。」
皆して、階段状の小道をうねるように降りながら、さっき見た紅葉の植わっている斜面を目指して下って行く。
「だから、春の桜も綺麗よ。た・だ・し、女は底冷えするけどね。」
体験談らしく、空いた方の手で拳を握って力説する鷹子に順子は笑った。
降りてみると、何組か別に紅葉狩りをしているグループを見つけた。
斜めになりながらも、案外広く空いた木の根元にシートを広げ、頭上にひろがる重なり合った紅葉を見て、誰もが感嘆の溜息を漏らす。
「綺麗ね〜〜〜。」
そこへ、その沈黙を破る一団がけたたましく戻って来た。
「お母さんっ、お腹すいた!!」
「栗ぃメシどーなったんだ?もう、喰っての?」
紅葉に埋まった斜面を見つけると、騒いだまま、斜面を駆け下りて行った。以前、遠い昔に子供だったハズの男と現在子供なペアだった。
「・・・お前には、状況を楽しもうって言う根性がないのか?」
「無い訳ねーじゃんか。もう紅葉集めて掛け合いっこもしたし、材料もバッチリだ!」
邪気のない子供の笑顔で、キッチリ組んだ二人に笑われて、大人達は降参した。
「はい。どうぞ。」
差し出されたのは新しくプルを引いたビールで、足元に広がったのは色とりどりのお弁当だった。
二人が言い合っている間にも、女達は着々と準備を進め、言葉が途切れた間を縫って用意の完了を告げて来たのだ。
そして・・・その広げられたお弁当の量を見て、一番喜んだのが神田だった。 「本当は水沢さんちが来るはずだったから、ちょっとおかずの量が多いんだけど。」
「ぜ〜んぜんっ、頂きっま〜〜〜す。」
そう言ったかと思うと、本当に粗方の物を食べ尽くしたのは神田だった。栗原も食べてはいたが、嬉しそうにいちいちコメントを付けながら食べる神田の横ではイマイチ霞む。
そうして、人心地付いた頃になると、またしても神田に何故か栗原まで含んだお子様軍団は、何をしているのか山の斜面を駆け下りて行った。
そうして・・・時間も経ち、片付けをしている頃になって三人が帰って来て、そのまま荷物を運ぶと三人が三人とも帰りの車の中で寝始めた。 



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