【クリスマス】


 
 片手にはシャンパンと花束と簡単な食料。残った片手にはクリスマス仕様なデコレーションケーキ。
何処からどう見ても恋人の元に向かう男に見える事請け合い!と言う格好で神田は足取りも軽く、栗原のアパートの階段を上がっていっていた。
「メリークリスマスっっ!!」
ガチャリと勝手知ったる気安さで、挨拶の返事も待たずにドアを開ける。
「神田・・・急にな・・・。」
玄関が見える先までコタツに足突っ込んだままの栗原が体をずらして俺を出迎えようとしたのが、襖の脇から覗いている。
その栗原がそのままの体勢でドアの前で立ちっ放しの俺の姿を上から下まで眺めているのが分かる。
「なんだ?それ・・・。」
「クリスマスだな〜と思って・・・。」
「今から彼女の所にでも行くのか?」
女作るような時間は在っただろうか?それとも気に入った子の混ざってるパー券でも買ったのか?と不振そうな顔をしつつも、至極真面目な顔つきで聞いてこられた。
「いや、折角だからと思ってココに来たんだけど・・・。」
ココに力を入れて喋ってやると、途端に眉間に皺が寄る。
「あのなぁ神田・・・食べ物類と酒は兎も角、なんでそんなでっかい花束持ってんだよ。」
「ん〜何か勢いで。」
相棒が居るという事実の嬉しさのあまりの勢いでと言う気分で、にっこり笑ってやるとやっと栗原が重い腰を上げる気になったらしい。
溜息を一つ吐くと、手にぶら下げた荷物を受け取りに近寄って来た。
「お前だな。訳の分からんツリーをアパートの中の奴に頼んだのは!」
「そうそう、折角だからと思ってさ。」
何処にある?と覗き込んでキョロキョロ見回してもそれらしき物が一切見当たらない。
「神田さぁ・・・来るなら来るで連絡入れるとか。荷物があるならそう言うとか、出来るだろ?今日だって一日一緒に仕事してたんだからさ。」
「それじゃあ、サプライズになんねーじゃんか。」
そりゃそうだけど・・・と口の中で呟いたのを聞き逃さずに続ける。
「お近付きの印しだ!で、ツリー何処行ったんだよ?」
「言伝た御人に持ったままお引取り願った。」
お前それは・・・と言ってもしょうがない事なので、取り敢えず頼んで置いたツリーを引き取りに隣りの部屋のドアをノックして見る。
だが隣りは来た最初っから電気も点いておらず、人の居る気配も無い。
「っかし〜な〜??」
ぼやきながら栗の部屋に帰って来ると、栗自身がそれでも花束を何とかしようと格闘している最中だった。
「大体誰に頼んだんだよ?隣りの人間の顔じゃなかったぞ。はっきり言って見た事ない顔だった。
 ・・・多分、そいつには彼女でも居て、誰か他の奴に頼んだんだろ。」
そう言われては納得する他無い。
なんたって今日はクリスマス・イブだ。
「じゃあ良いや。取り敢えず、喰おうぜ。」
とうとう花束自体は諦めたのか、ほぼそのままの状態で掃除用のバケツに突っ込まれていた。
栗原の方もコタツの上に俺が買って来た食糧を並べながら、呆れたように話し掛けられた。
「よくこれだけ持てたな・・・。」
シャンパンが2本とは別にプラステックの蓋付きの円形のでかい皿があって、その中には鳥モモの照り焼き8本が。
その下にも同じタイプの皿が在って、そちらには鳥の唐揚げとサラダ何種かと小さいハンバーグが。
どちらもやや偏ったまま入っていた。
「腹減ってんだろうな神さん・・・。責任とって喰えよ・・・。」
告げた栗原の声は既に低く・・・不機嫌を表していた。
「買い過ぎたか?俺?」
「間違いなくな・・・。」
二人でコタツに足を突っ込んだまま、半ば食糧だけで盛り上がったような状態の机の上を黙って眺める。
「で、お前が確実に喰えそうなのはどれだけだ?」
「う〜〜〜同じもん食い続けても飽きるんで鳥の足は3本!!」
手の指まで使って力説した俺に諦めたのか。まぁしょうがないと思ったんだろう、そのままの状態で放って置かれると今度は栗原がと外へと出て行く。
そして栗原が帰って来るなり、俺の知らない誰かを一人連れて来ていて・・・しばらくするとドアの前に人影があり・・・扉を開けて入って来たのは俺も知ってる顔だった。
「お前、ここに住んでたのか。」
「何だ、神田さんだったんですか。晩飯食って済んでるだろうけど余地あるか?なんていきなり栗原さんから言われてちょっとビビッてたんですよ。」
そう、二人では到底喰い切れないと判断された食糧はプチ宴会のノリでアパートに残っている面々に振舞われる事になったらしい。
しかしさすがにクリスマス・イブ。アパート全部を見て回ってもこの二人だけしか残っていなかったらしい。
ま、当然仕事の奴のいるだろうが。
顔を知っていようが居まいがこうなると関係無い。
要は楽しければいいのだ。
いつの間にやら日本酒の瓶とビールの缶までも仲間入りしているし、食糧は元々在るのだ。何の憂いも無く宴会がスタートした。
「神田さん頂きま〜す。」
そう言って集まった面々が皿を差し上げてみせる。
食糧を皿に盛られた鈴木と言う男がにこやかに鳥モモをツマミにらしからぬ豪快さで食い千切っているのが見えた。
俺の隣りに陣取っているのは元々の知り合いだった山本と言う男。
こいつは俺が営内暮らしだった頃に同じように暮らしていた男だ。
だから当然と言っちゃ何だが、俺がどんな暮らし方をしているかも知っている訳で・・・酔った勢いで栗に向かってそんな話をされちゃ堪らないと、奴をマークしていたんだけれど。
自分だって酔ってくれば、トイレも近くなるし、タバコも吸いたくなる。
酔い覚ましに外で一服して帰って来たら、山本の隣りには栗がいて、そしてその栗原が意味深な笑みを浮かべたまま俺を手招きでもって呼んで来た。
「神田〜ちょっと気になる事を聞いたんだが、確認していいか?」
差し出される買って来たシャンパンに釣られた振りをして、逃げる事も叶わず栗原と山本の間に座った。
「お前、掃除全然出来なくって、いつも同じ部屋のメンバーに片付けて貰ってたってマジか?」
話題が出来たら自分の想像する枠から外れていて欲しかったと痛感した一瞬だった。
「そーですよぉ、見回りとか来ますから、一気にロッカーの中に何もかも詰め込んだら鍵が壊れたりして大騒ぎになった事あったですよねー。連帯責任で走らされたりー。」
見た目よりも山本はかなり酔っていたらしい・・・今一番言ってはならん事をダラダラ喋られている気になるがどうしようもない。
「お前も確か既に営外居住者だったよなぁ。」
「階級上がると営内には居させてくれませんからねー。」
あはははは〜と渇いた声で山本が笑っている。
そっと栗が肩に手を置いてきた。
「今日、俺のアパートに来たのはど・う・言・う・わ・け・だ?」
喋りが後半になれば、なるほど乗せられた掌に力が入ってくる。
痛さに耐えつつも、必死で誤魔化す方を選んだ俺だった。
「クリスマスだしー。一人で居るのもイマイチだろ?」
語尾が揺らぎそうになるのを何とか引き止めて笑って見せた。
「・・・鍵出せ。」
至近距離で左手が俺の前に差し出される。
「い・・・いや・・・そこまで・・・。」
渡せる訳が無いと頭をブンブン横に振るが完全に無視される。
「今から誰かにバイク借りてお前の部屋見に行ってやろうか?神田。」
「バイクなら俺持ってますよ、貸しましょうかー?」
そう能天気に声を掛けて来たのは鳥モモ喰ってた鈴木と言う男だった。当然ながら、話の内容なんか分かっちゃいない。ただの親切心だろう。
しかし、その言葉を受け入れるわけにもいかず、要らん事を言うなと睨み付けても時既に遅し・・・。
「俺が行ったら都合が悪いんだ?」
その顔を見られて、逃亡するよりも全面降伏を選んだ。
「栗の所だったら。ぜってー部屋綺麗だし、寝るとこあると思ったんだよ〜〜〜〜。」
「寝る所もない有様なのか!!キサマの部屋はっ!!」
一気に爆発した栗原の怒りを気にするよりも先に、置かれていた手に逆に縋りつく。
「お願い栗原さん!!ここで放り出さないで!!」
それを見てる他のメンバーはただただ笑っていた。それどころか手まで叩いて大はしゃぎだ。
そりゃ、見事な出し物だろう。その場で居て当事者でなければ、大いに笑っている所だ!!と思っても今の立場が変わるわけも無い。
「栗さん〜〜〜〜お願い〜〜〜〜っっ!!もう電車乗る金もないんだよぉ〜〜〜。」
「花なんか買うな、バカたれが!」
膠着状態で睨み合いと言う状況を打破したのは山本の呑気な台詞だった。
「あ、俺ん所に引き取りましょうか?メシも食わして貰いましたし。」
いつの間にかそれぞれが用意したらしいタッパー容器に残った物を振り分けて済んだらしく、そう言ってくれた。
しかしその言葉は即却下されて、ある意味俺は安心したが・・・その物言いは酷いもんだった。
「こんなハタ迷惑な男を他所に持って行くわけにいかん!!
 甘い考えでウチに転がり込んで来た事をたっぷりと後悔させてやるぞ神田。」
底冷えを感じるような笑顔を向けられ、逃げるように周りを見回してみても、危険を感じた面々は手に手に土産を持って、自分の部屋に引き上げて行った後だった。

「な〜にが電車賃だよ・・・もう日付が変わってるじゃねぇか。」
栗原が片付け途中で不意に気付いたのか、吐き捨てるように言い放つ。
「明日朝起きたら、お前んちに行くからな!先ずは掃除だ!!!!」
拳を握るようにして、力説する姿が逆に神々しく見える気がする。
「そ・掃除してくれんの栗原さん!」
あくまで希望的観測で言ってみた言葉は一気に却下された。
「掃除するのはお・ま・え!
 俺はあくまで監督だな・・・。」
そう言いながらも、敷かれた布団をすすめられて潜り込む。
「洗い物とかどうする?」
「明日起きてからで良いよ、明日があるんだから寝るぞ!」
結局、男二人で夏布団まで引っ張り出して一つの敷布団の上に寝るしかない。
「男二人で掃除メインのクリスマスかよ。サイッテーだな!!」
何と謗られても反論の仕様が無く・・・黙ったまま栗原の胸元に擦り寄っていった。

 そうして・・・外も暗い内から無理矢理起こされ、電車を使って行った先の俺の部屋のドアを開けたまま、栗原がゆうに一分は呆然と立ち尽くしたとか。
夕方が来るまで、一歩たりとも部屋に足を踏み入れる事無く、玄関先からひたすら指示だけで部屋を片付けていったとか。
使ったゴミ袋が両手の数になったとか・・・。
全部真実で悪いか!!
「お前と言う人間を知るにはいい機会だったけど、二度とはゴメンだな。」
そう言って栗原は、ある程度人の住める部屋にまで片付いたらさっさと自分のアパートに帰って行った。
にも関わらず・・・それから半年の内に何回も同じ事を繰り返す俺に辟易しながらも、生来の綺麗好きと生真面目さで見捨てる事も出来無いらしかった。
「お前の部屋の掃除なんかで毎度毎度一日潰して堪るか!!もっと近くに引っ越すとか何とか、対応策考えろ!!」
ある日とうとう仕事の忙しさと煩わしさにキレた栗がそんな風に言い出した事が始まりだった。
栗原にとっては忙しさの余りに溢した失言だったんだろうが、俺はその言葉を盾にとって、見事に栗原の隣りに引越しを完了させたのだ。
それがちょうど1年後のクリスマスだったとか・・・。
引っ越し祝いで買わされたバカ高いシャンパンを飲みながら栗原が。
「なんか俺、人生間違って来てる気がする。」
と呟いた事が印象的だったけれど、自分的には物凄く有意義な年末だった。

< END >

 なんか腑に落ち無い気もするが、上げてしまう!!コレが年末と言う物よ!!(ヲイ)。
君の人生、その男と会って凄い事になるから(爆)。
打ちながら突っ込みどころ満載。これから神田は嫌って程栗原んちに押し掛けて、朝ご飯ねだったり、晩御飯ねだったり・・・見えるようだ(苦笑)。
栗原さんの不幸に黙祷を捧げつつ2004年終了〜〜〜〜!!!!
2004.12.28

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