【お雛祭り】



 朝の出勤のバタバタした騒ぎが始まる少し前、一本の電話が鳴った。
出たのはいつものように母さんだったけど、その電話はすぐに父さんに手渡される。
「おっ、うん、うん。わかった。」
聞こえてきたのはその言葉だけだったけれど。
「神田と栗原が釣った魚持ってこっち来るみたいだから、相手してやってくれ。」
出勤前に母さんと私にそう言い残して、自分はさっさと基地へと出掛けてしまった。
うちの父親は娘が学校に行っているかどうかって事実は、余り気にしない人種らしかった。今更だけど。
「いつ頃来るのかしらねぇ?」
「その内来るんじゃない?魚持ってくるって事は、きっと戦利品が大きかったのかもね。」
母さんの質問にあっさりと答えてしまう頃には、1日ぐらい自主休講にしても別に構わないだろうと、勝手に決めていた。
「捌いてお渡しすれば良いのかしらね。じゃあ、お昼でも用意しましょうか。」
「そうね。」
そう言って母娘二人でやれる事から片付けていたら、結構あっと言う間に時間は過ぎていた。振り返って時計を確認したら、もう昼が近くなっている。
「たーかーこーちゃーん。」
玄関の呼び鈴が鳴るより早く、聞こえてきたのは神田さんの声。
まるで小学生の子供が放課後お友達を遊びに誘うような感じの明るさに、待っていたこっちも楽しくなってくる。
声と音に急かされて、玄関に行ってみると嬉しそうに40〜50センチもありそうな魚の尾っぽを掴み上げた神田さんと、その後ろでめげてる栗原さん。
「いらっしゃい、母さん包丁研いで待ってるわよ。」
「え〜〜〜、鷹子ちゃ〜ん。『きゃー神田さんすっごい』とかのお褒めの言葉は?」
魚の大きさ云々よりも、その後の支度の方が私の口から先に出た事が不服らしく、口を尖らしている神田さん。けれど、何かを言おうと言葉を続ける前に、神田さんの背後から栗原さんの待ったが掛かった。
「もうっおまえは恥ずかしいんだよ!!さっさと魚、仕舞え!!」
「へーへー俺の女房はいつでも、何処でも、口うるさいねぇ。」
いつもの会話、いつもの日常。いつもと少し違っているのは、その舞台が基地ではなく、私の家だって事だけだ。
「じゃあ、鷹子ちゃん。これ司令に渡しといて。」
そう言って神田さんの耳を掴んで立ち去ろうとした、栗原さんを騒ぎを聞きつけた母さんが引き止める。
「いらっしゃるって聞いたので、お昼用意したんですよ。どうぞ食べていって下さい。」
「そうよ、私も手伝ったんだし。」
神田さんの期待に充ち満ちた目と、女二人の攻撃に早々に白旗を上げた栗原さんは、諦めて靴を脱いだ。

台所で開けられたクーラーボックスの中には、大きめの黒鯛が2尾とカレイが1尾。
当然の如く、魚の名前を教えてくれたのは母さんだ。
「すっご〜いぃ。よくこれだけ釣れたわね〜。」
「実力、実力!!」
ガッツポーズを決める神田さんを、無視して栗原さんが続ける。
「カレイ狙いで行ったんだけど、3時間待っても当たりが無くってさ。最後に神田が痺れ切らして、餌の岩虫ぶちまけたんだよ。」
「あれは良く飛んだ。」
うんうんと説明に頷く神田さん。
「でも釣れたのね。と言う事は、この黒鯛とカレイは栗原さん?」
「いんや、黒鯛全部、こいつ。カレイの針でこの大きさは持ち上がらなかった。」
「へ〜〜〜っ。」
「な、実力!」
「釣り針取り替えたところは、褒めてやるけど、それ以外はな・・・。」
呆れたような視線を送る栗原さんを物ともせずに、神田さんは嬉々として、ガッツポーズを更にした。
「で、持って帰ろうとしたんだけど、二人で喰うには多いってんで、司令の家に連絡してみたって訳。」
そう言って胸を張る神田さん。その顔を見て栗原さんは含み顔。
「でも、神田さんと栗原さん二人なら、これぐらいの量、食べれるんじゃないの?」
そう言った途端に栗原さんが、両手を挙げた。
「?」
「こいつ、魚は捌けねーんだわ。」
「え?」
「俺にだって不得意なモノもあるんですよ〜。鷹子ちゃん。」
よく考えてみれば栗原さんの家庭環境で、一匹の魚を捌く事があったはずがない。
「まぁ、それは失礼しました。」
思い付いた事を打ち消すように、軽く笑って返す。
「はい、失礼されました。」
栗原さんの方も、知ってか知らずか受け流してくれた。
笑いを含んだ軽い掛け合い呆れたように眺めながら、母さんの声が言った。
「さ、捌いて持って行きますから、皆さんは座敷行ってらして。」
母さんの言葉に追い立てられるように座敷に行った栗原さんと神田さん。それに続く私は、二人分の『ちらし寿司』をお盆に乗せて、座敷へと続く。
「うおっ。」
すると二人が座敷に入ってすぐ歓声を上げた。
何が二人の興味を引いたのかと不思議に思いつつ行ってみると、二人が見ていたのは『お雛様』。私が産まれた頃に祖母が買ってくれたという物で、七段飾りで結構豪華な物だ。
「珍しい?」
「ああ。」
もう一度、蛤のお吸い物を持って行った時にも、相も変わらず、見入ったまんま。
不思議なのは、座布団に座って料理を眺めているのは栗原さんで、座敷に飾られた『ひな壇』に見入っていたのが、神田さんだった事。
「そんなに珍しい?」
「俺、初めてまともに見た。良くこんなに細かく作ってあるよなー、扇なんて閉じるぞ。」
神田さんは人形の持ち物に興味を持って、探索中。テーブルにお椀を配りながら、何をするでなくそれを眺めている栗原さんに聞いてみる。
「栗原さんは興味ない?」
「いや、ウチは母さんが生きてた頃でも、小さいケースに入ったお雛様3月になったら飾ってあったんだよ。だから、別にねぇ。」
「今更って訳ね。」
そう言うと、栗原さんは神田さんに向かって意地悪く言放った。
「こいつのことだから、幼少の砌は、“女の子の祭り”だって事で無視してたって感じじゃない?」
「有り得るわねー。」
「いんや、“襲撃ごっこ”って、幼なじみの家に男友達と一緒に襲撃掛けて、オモチャの鉄砲で人形撃って、ひなあられとか菱餅を戦利品にして遊んだ迄は良かったけど、後でお袋にばれてこっぴごく叱られた事は有るぞ。
 当然ながら、次の年から幼なじみの家どころか、近所の女の子の家全部から、『雛祭り』頃出入り禁止になってさ。今迄、まともに見る機会無かったんだ。興味もなかったし。」
さらりと神田さんの口から告げられた事実に、栗原さんと二人、顔を見合わせる。
けれど、私より、栗原さんの方が先に立ち直ったらしい。
「神さん、お前それは女の敵だぞ・・・。」
「『お雛様』ってモンが、そんなに高いモンだと思わなかったんだよっ!!」
「そう言う問題じゃないよ・・・。」
「サイテーね。」
二人掛かりで責められて、ぐうの音も出ない状態の神田さんに、助け船を出したのはちょうどやって来た母さんだった。
「さ、1尾はお刺身にしましたよ。皆さんで召し上がって。」
おお〜っと感嘆の溜息。
「あ、待って待って。良い物有ったわ、ちょっと待ってね二人とも。」
母さんと入れ替わるように、そう言って台所で用意したのは、『お雛祭り』には定番の白酒。銚子に入ったままでは分からなかったけれど、一つの盃に出してみると、それを見て二人が歓声を上げた。
「へーっ。これが白酒なんだ。」
「これ本当に酒なん?」
「そうよ、子供達とかに出すのはノンアルコールの『白酒』だけど、これは正真正銘の『白酒』。何かの時に送られて来たんだけど、物が物なので、開ける機会も無いまま置いてあったのよ。」
チラリと母さんを盗み見れば、母さんも頷いているので、開けた事は父さんには事後承諾。
真っ白いお酒を4つの盃に少しずつ入れて飲んでみたけれど、男性陣二人は不思議な顔。
「これ、こーゆー物なの?」
本当に不思議そうに栗原さん。
「何か、微妙に甘い・・・。」
そう舌を出して神田さん。
「やっぱり女の子のお祭りのお酒だからでしょうね。ちょっと待って下さい。」
そう言って立ち上がった母さんを、二人が頷いて見送る。
銚子に残ったお酒をどうしようかと考えていると、しばらくして母さんがすらっと障子を開けて帰ってきた。
「はい、お二方さん。もう一度、お酒ね。」
中身を注いで見るとまた、白酒。
・・・一瞬怯んだけれど、それに気付いた母さんがあっさりと言ってきた。
「それは“お酒の強い人”用に普通のお酒を3分の1ぐらい入れた物ですから、大丈夫ですよ。」
「そうなの?」
「そう説明書が付いてましたよ。」
そのまま、テーブルに置かれた料理と、白酒で一足先にミニお雛祭りとなってしまった。ここには普段止める役の母さんまで混じっているモノだから、止まる訳もない。
「じゃあ、鷹子ちゃんのお母さんも入れて『お雛祭り』にかんぱ〜い。」
神田さんの楽しそうな声が響く中、暮れていくうららかな昼下がり。
家に帰って来た父さんが、座敷で寝こけている神田さんと、きっちり魚の捌き方をマスターした栗原さんを見つけるのも、遠い事ではないと思いながら、残った銚子を開けるべく甘い白酒に手を伸ばした。

< END >

 2003.3『空ノ魚』提出物?。サイズがでかすぎて、家に置く事に(汗)。
語り手は鷹子ちゃんでーまぁ普通。どーしてこんなに手間取ったんだって、魚釣りと雛祭りが一緒になったから・・・・司令に家に行くきっかけが欲しかっただけだったのになー何故こんな事に・・・・(汗)。ENDマーク付いたから良しって事で。
2003.3.13
魚の大きさが分からないと突っ込みがあったので、訂正。これでOK?(笑)
2003.5.18

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