【朧月】



二人共に仕事を終え、終電使って駅を出たら、先に出たハズの神田の背中にぶつかった。
「悪い。」
「すいませんっと、何だ栗か。」
ぶつかって来たのが俺だと知るとそう言ったまま、再び空を眺め動かなくなる。神田の視線を追って見上げれば『朧月』。
「栗、月が雲に透けて綺麗だぜ。」
「ああ、もう春だな・・・。」
もうとうに人気も無くなった駅を背に、男二人で空を眺めたまま立ちつくす。
上空は少し風が有るらしく、雲の上にある月が風によって様々に変化していくのを見ながら、その月の周りにぼんやりと浮かぶ“輪(かさ)”の動きを楽しむ。
気付くと駅からの明かりが完全になくなり、月は見易くなったけれど見ていると切りが無い事に気付き、隣に佇む神田に声を掛けた。
「神田、帰ろうぜ。」
まだ見ていたいらしい神田は踏ん切りが付かないらしい。
「ん〜。」
生返事を返して来たかと思うとそのままの体勢で、右腕を差し出してきた。
「栗ちゃん、ナビやって。」
上を見たまま、道を見る気が無い神田の提案だった。
「あ〜?これはナビじゃないでしょうが。」
「運転手兼務で。」
そう言った時でさえ、月から視線を外そうとはしない神田の様に、早々にギブアップして手を繋ぐべきかどうか迷って、結局上がった右腕を左肩に乗せて、自分が先導する形になってやる事にした。
そのまま二人静かに歩いて行く。
あまり熱心に眺めているようなので、ふと上空が気になって立ち止まると背後の歩みも止まる。
「きれいだろ?」
俺が見上げた『朧月』を我が事のように胸を張る男。その事実に少し幼さを見て知らず笑みが零れる。
「ああ、ところでいつまで神さん眺めてる気なのさ。」
「ん〜?もう、そろそろ限界かな。」
そう言っている間にも、今までぼんやりとでも見えていた月が徐々に厚くなって来た雲に覆われて、見えなくなっていく。
「もう見えないか。」
そう言った男はいつの間にか自分の傍らを離れていて、何故かカップ酒の販売機の前で今にもボタンを押そうとする所だった。
「何やってんだ?おまえは。」
「ん〜酒買ってる。」
明日フライトのある身でありながら帰り道でカップ酒を買う奴の思考回路が読めない。それもよく見ると既に1個は購入済みだ。酒なんざアパートの冷蔵庫の一枠にまだきっちり収まっていると思うのに。
更に見たままの事実を告げられても脱力するだけだと言う事実を知らんのかと恨みがましく視線を合わせると、溜息とも思えるように告げられた。
「明日のフライトは無し。
 あの月が出て、あ〜ゆ〜雲に隠れると次の日は確実に雨なんだ。」
言われた言葉を頭の中で反芻すると、つい聞き返してしまう。
「え?『朧月』ってそう言うモンだったか?」
「『おぼろづき』って・・・あの月か?
 昔からあの月が出て、雲が残っちまったら、7割『雨』って言われてるんだよ。でも、今日のは確実だわ。」
「確実って?」
「十中八九じゃなく十割、『雨』って事。小さい頃じいさんと魚釣りに行ってた頃に覚えたんだ。あの雲の包み方で『雨』にならなかった事はほとんど無い。」
聞いてしまった事で、黙ってしまった。買った酒はヤケ酒か?
明日は最近の微妙な天候の中の久しぶりの自分達のフライトだったのだ。今日午後から晴れになったので、たぶん明日こそは乗れるだろうと楽しみにしていた。きっとその思いは神田も同様だっただろう。
もしかしたら神田は、『月』を楽しんでいるのじゃ無くって、天気の方が気に掛かって見続けていたのかも知れない。そう思うと黙ったまま、口を開けて目の前に差し出されたカップ酒を煽りたくもなる。
「風が出て雲を全部持っていっちまう事もあるんだけどな。」
神田のそんな言葉を聞くとは無しに聞きながら、二人だらだらと歩いてアパートを目指していた。

「ほれ、栗。見ろ。」
そんな沈んだ気持ちを知ってか神田が指差した所には、公園の中にまだ咲いていない蕾をいっぱい付けた一本の桜が立っていた。
近付いていくと蕾だけでなく、ちらほら咲き始めている桜の姿も目に入る。去年は「花見帰り」に咲いた桜の中から月を見上げた事もあったけれど。
「・・・まだ蕾なんだな。」
「まだな。でも、明日の雨で咲くだろうさ。」
「雨が降って俺等は飛べなくなるけど、代わりに『春』が来るのか?」
「そうかもな。」
カップを軽く差し上げると、それに倣うように神田もカップを持ち上げてきた。
カチンとカップ同士が触れあった少し高い音が気分を変える合図のように夜の静寂に響く。
「それも悪くないか。」
「ああ、悪くない。」
二人して笑い合うとそのまま空になったカップを公園のゴミ箱に放り込んだ。
ふと思いついて桜の根本に立ってみても、花がまだの為にやけにすっきりと空が見渡せるだけで、もう月は厚い雲で覆い隠されてしまった。
そんな俺の行動を見ていて、今度は神田の方が声を掛けてきた。
「もう、手遅れだろ。」
「『月』は見えないな。」
「あれが見える季節は今だけなんだから、今度出たら今度は俺が『ナビ兼運転手』してやるな。」
そう言うと胸を叩く。
その仕草に惹かれるように、神田の唇を奪ってしまった。神田の目が点になってる。
「・・・栗、花咲いてないから周りから丸見えだぞ。」
「るさい、野郎同士のキスシーンなんて見た方が逃げるわ。」
そう言った手を引かれて、バランスを崩したまま神田に抱き込まれてそのまま、唇を塞がれた。
さっきよりも幾分長い口付けに離れた時、つい甘くなった吐息が漏れた。
「じゃあ予約。」
「何の?」
「今からの。」
いけしゃーしゃーと告げられた台詞に二の句が継げなくなる。
確かにこの場合仕掛けたのは、俺だろうけれど・・・。明日が潰れるなら、この後連続3日フライトは無い。相棒の有り余る体力を連日自分相手に発散させられるハメになるのはやぶさかでない。
そうは頭の中で考えるモノの「どうせ飛べないんだし」と思った事も否めない。自分自身だって鬱憤は溜まっている。

 ふと思い付いた問いの答えに賭けてみる事にした。
「なぁ、神田。さっきの長い『朧月』観察は結局「天気」が知りたかったのか?それとも「月」が見たかったのか?」
急に掛けられた問いに不思議そうな顔をしながらも、神田はあっさり答えた。
「天気が気になったのは最後だけ、元々あの「月」見るの好きなんだよ。」
事も無げに告げられて、笑いが漏れる。
『雨』かどうかを気にして「月」を気にしていたのなら、頭で計算も働こうというモノだけど。やっぱり神田はそんな事には頓着していない。
「何笑ってんだよ。」
「神田らしいと思ってさ。」
「で、予約は?」
「空が大好きな旦那に免じて受けても良いか。」
そう答えが出るか否かで、神田に背負われて公園を走り出された。
「何だっっ一体っ!」
「気が変わったら困るからー。」
神田に背負われたまま、げらげら笑いながらアパートを目指すハメになる。酔いが回って倒れても知らねーぞと思いつつ、そんなご親切な事は言うつもりも無い。
全ては無事部屋に付いてから。


< END >

 monthlyには普通の物を置いていたのに・・・本の話が出たら、ちょっと引きずられた(単純)。
本当は“3月兎”提出物だったのかも〜(笑)。まぁ取り敢えず、来てくれている皆様に何か上げたかっただけ!!(申し訳ないよ・汗)。
「ナビと運転手」のくだりと「朧月」の後は雨よって書きたかったと思う。去年の公園話入れたけど、本にしたら無くなったりして・・・(どちらも置いておきます)。
「こどもの日」に何上げてんだ私(汗)。
2003.5.5

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