【鯉のぼり】



新緑も目に眩しいこの季節。
春なんだか夏なんだかはっきりしないぐらいの日中の暑さに、「暑い、暑い」と言うだけしか出来ない地上に縫い止められた俺達。
それとは対照的に口だけは棒に括り付けられているが、風を受けていっそ清々しいくらいに空を泳ぐ『鯉のぼり』。
5月の思い出は、空を気持ちよく泳ぐ『鯉のぼり』とその下で笑っている母さんの顔。

そこへ来て休日。朝の食事が済んで一服。
片方にいるはずの相棒の姿は既に無く。
暑いと言いつつも、外へ出掛ける事が無くなる事がない神田を感心するやら、呆れるやら。
溜まった洗濯物に簡単な掃除、晴れた日はそれが例え面倒な作業であっても速やかに進む。
独身男の一人暮らしなんてモンは、休日に家事を片付ける事がメインになって当たり前。
ただウチは一人暮らしじゃなく、いつの間にか二人暮らしで、掃除の嫌いじゃない俺と掃除の大嫌いなゴリラが一匹いるだけだ。
そう、あれはきっとペット!愛玩動物だと思えば、この溢れる洗濯物にも腹は立たないハズ。
洗濯が上がった大量のシワシワの洗濯物をパンパン鳴らして伸ばし、干して行きながら、溜息。
そんな事を考えていると、手元に持っていた洗濯ばさみがはじけ飛んで、押入のふすまの隙間に飛び込んだ。
「なんで開いてんだよっこんなとこが!」
勢いに任せて、押入のふすまを一気に開けた自分が馬鹿だった。
今朝、人に飯作らしといて、二人分の布団片付けを申し出たのは、神田。
一瞬で、足下には布団がわだかまっていた。押入の上段から雪崩れてきた物だ。
神田が無理に押し込んだ布団が押入の上段で傾き、襖をきちんと閉められない状態になっていた所に、一気に自分が襖を全開にした事で雪崩れてきた訳だ。
少し考えれば分かる事でも、起こってしまった事には為す術もない。
もーどうでもいい気分で、残りの洗濯物を先に干す事にした。
その時。
「栗ー!大家のおばちゃんに『菖蒲の葉』貰っちゃったー。」
ドアの開く音とともに声がする。
無言でその姿を下から上まで眺めてやり、そのまま落ちた布団をじーっと眺めてやる。
その仕草で何かおこったか気付いたらしく、慌てて靴を脱ぐと、貰ってきた『菖蒲の葉』を台所の流しに突っ込み。布団を直しに掛かった。
「へへへ。」
「なんか言う事は?」
こちらも洗濯を干す事も完了しての畳の上で、寝転がって伸びをする。
「ごめん。」
ぺこりと頭を下げた神田を見ながら、今日返す予定の本に手を伸ばす。
「おっけー。」
言葉だけで告げて。
カバーの折り返しに付いた他の本のタイトルを眺めながら、自分が何で襖を開けたかを思い出した。
ついでにと神田に言いつけたら、ブツブツ言いつつも押し入れに飛び込んだ洗濯ばさみを探しに押入の下に潜り込んで行った。

「なー栗?これ、どうしたん?」
声を掛けられてはじめて活字を追っていて、時間が経っている事に気付く。
言われて声のする方を見てみれば・・・、神田が押入の中から細長い段ボールの箱を引っ張り出している所だった。
押入の周りは中から出された物で、微妙に拡がっている。
「神田・・・俺が頼んだのは、洗濯ばさみであって『鯉のぼり』じゃない!」
「え?マジこれ『鯉のぼり』なの?」
「箱に書いてあるだろうが。」
呆れたように俺が言った台詞に反応して、神田が箱の外にマーカーで書いてある『鯉のぼり』の文字を確認している。
「いや、書いてはあるけど、中身違うんかなって思ってさ。」
そう言って、それ以外の荷物を押し込み始める。
出した物を無理矢理押し込めても、元の状態に収まる訳がない。
その上、この目の前の男にその能力が欠片も無いんだから、それだけは止めて欲しくて、思わず神田の腕を掴んで止めた。
何を意図しての制止か解ったらしい男は、早々に荷物を諦めると。
引っ張り出した箱を開けるべく、広い場所に移動する事にしたらしい。
「で、誰の?」
「俺の。」
今更何言っている?と思いつつ、答えてやると。
「ええっ。」
と心底驚いたように告げられて、顔を顰める。
『ええっ』とは何だ、『ええっ』とは!昔はお前だって持ってただろ!とも思うけれど、余りに驚いた神田の顔でムキになって言うのも馬鹿らしくなって、逆に聞いてみた。
「お前だって、持ってただろ?」
「いや、俺のは・・・家だろうな。」
「でも、持ってただろ。」
そう言ってやると、こくりと頷いて見せた。
「でも、基地じゃこんなもん見た事、無かったぞ。」
「知り合いに預かって貰ってたんだよ。この部屋借りたから、取り寄せたの。」
神田はさっさと箱から取り出した『鯉のぼり』の一匹一匹をしげしげと広げては眺めている。
「やっと収納出来る場所が出来たんだから、母親が死んでからの荷物一切合切が収まっててもおかしくないだろ?」
その台詞でやっと俺には実家どころか、関係断絶中の父親しかいなかった事実を思い出したらしい神田が、何故か台所からまんじゅう持って帰って来た。
「何これ?」
よく見たら、それは葉の部分を握ってきた為に判断の付かなかった『柏餅』で。
「喰え!」
面喰らっていたら目の前に差し出されて、喰い付くしかしょうがなくなる。
「旨い?」
まぁそれ程甘くなくて、結構食べれたのでコクコクと頷くと、胸を張るようにして馬鹿な事を告げられた。
「そうだろ!角の和菓子屋で1日限定50個の『柏餅』だからな!」
「・・・お前本当に、どっから仕入れてくるんだその情報?」
呆れたように言ったら、もっと呆れた答えが返ってきてそれ以上の追求を止める事にした。
「大家のおばちゃん。買って来てくれって先週頼まれたんだ。
 代わりに『菖蒲の葉っぱ』貰ったんだけどさ。」
それなのに神田は聞きもしない事まで延々としゃべり続けている。
「開店と同時に売り切れるらしくて、並ばなかったら絶対買えなかったんだと。」
なるほど、それで朝からいなかった訳だとは思ったものの。
それ以上言われても、付いていけないと思った俺に気付いたのか。
突然、話題を変えてきた。
「なぁ、これ飾んないの?」
「・・・今更って感じだし、こんな大きい物、何処に揚げる気だよ?」
ん〜と頭を捻って考えている神田の姿を眺めながら、口の中に残った甘さを解消すべく、台所に向かう。
「お前も、茶いるか?」
返ってこない答えに不振を感じて、振り返る。
「神田!茶はいるか?」
「・・・え?ああ、貰う。」
何かに気を取られていたのか、本当に驚いた顔をして答えられると声を掛けたこちらが驚く。その上、ちょいちょいと手招きをされた。
「お前の親父って“島崎”って名字?」
呼ばれるまま近付いていくと、神田の持っている伸び縮みが出来る竿の先に小さく“島崎猛”の文字と俺の名前と生年月日迄もが彫り込まれていた。
「愛されてたらしいな。」
「さあ、どうだか。」
今まで気付かなかった事実には驚いたけれど。
神田の台詞に素直に頷ける程、人は出来ていない。以前程では無いけれど、間違いなく殺したい程憎んでいる相手には違いない。
「男の子の誕生祝いの品に、息子の名前と自分の名前を彫り込むぐらいには喜んだんだろ。」
神田の楽観的な台詞を聞いて、ポロリと本当にポロリと言葉が口から出た。
「・・・捨てようか、それ。」
言った言葉を耳にして、やっと自分が何を言ったか気付いたけれど。
その台詞を聞いた途端、神田の顔から表情が無くなったのが目に入る。
「捨てたいなら捨てればいい、その代わり俺が拾ってきてやる。」
「お前にそんな権利有るか!」
「じゃあ、何で今までここにあったんだよ!お袋さんだって捨てる気なんて無かったから、このきちんとした状態でここにあるんだろうが。」
言われてみれば、幼い頃の記憶にある母さんはいつもこの季節、『鯉のぼり』の下で笑っていた。
昔暮らしたあの家で女手一つではとても立てる事の出来ないような、大きい『鯉のぼり』を毎年立てに来ていたのは誰だったのか。
子供の頃には気付かなかった事実が、大人になるにつれ見えるようになるのか。
「なー神田・・・俺ってガキかな。」
「自分の事が自分でガキって言える奴は、まだ良いんじゃねえの?」
いつの間にか神田の奴は、『鯉のぼり』をきっちり箱に納めて、俺の目の前に置いていた。
本人は呑気に『柏餅』といつの間にか入れてきたお茶を啜っていたけれど。
「まだ、捨てる気か?」
「取り敢えず、置いといて見る。」
溜息のように吐いた台詞に笑顔を向けてくる。
「そのぐらいが良いだろうさ。」
あくまで無理をさせない程度の軽口なら、笑って返す事も出来る。
神田といる事で出来る、丁度良いバランス。それも結構気に入っている。
「ところでさ栗原、おばちゃんがくれた『菖蒲の葉』って『子供の日』当日に風呂に入れるの?それとも前日?」
当日じゃないのだろうか?と思いつつ、確信がある訳じゃないので大家さんに聞いてきてみれば?と言ってみたら、即部屋からいなくなっていた。
残されたのは、押入から放り出された荷物と結局発見出来たか、出来なかったか分からず終いの洗濯ばさみだけ。
溜息をつきつつ、朝唱えた言葉を呪文のように繰り返す。
「あれはペット。きっとペット。多分ペット。」

窓から見上げた空は、呆れる程の五月晴れだった。


< END >

 5月一杯変なモノ書いてた弊害がこっちに如実に現れております〜(涙)。
何なんでしょう?この時々、シリアス路線?詰め込みすぎで、挙げ句無駄に長いし(苦)。只今、直す事さえ出来ません。
頭ショート中。分からない所が分からない始末。
31日に上がった事実だけを見て頂いて・・・それ以外は不問に(涙)。
これ以外何もやらずにやったはずなのに!この上がったモノと言ったら、どうよ!!あああああ。
2003.05.31

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