【アクシデント】


一体、何でこんな事になったのか?
今更考えても詮無い事だが、考えずにはいられない。

 この雲一つ無いピーカン天気の晴れの日。借りてきたジープには幌がなかった。
思い出してみれば、何もかもがこれから起こる事を示唆してるようで、頭が痛い。
書類を届けるだけだか何だか・・・着替えの為、やって来たロッカーで。
揉めていた数人の固まりに、見咎められた事こそが、これから始まる悪夢の始まりだったのか。
今から休みだってのに何で?と言い返す暇もなく。
人手が足らないとかの理由でスクランブル明けの俺達に白羽の矢が立った。
担当者に拝まれんばかりの勢いで、
「頼む、お前らしかいないんだ!」
と言われてしまえば、無下に断る事も出来ない。

 途中までは快適だったのだ、行きと帰りの運転はじゃんけんで決めて、資料だという物を渡し終わって、帰路に付いた頃にそれは起こった。
行きに運転した俺は、帰りはらくちんでひたすら神田に任せてぼんやりと車に乗っていただけだったから。
日差しはキツイが、風は冷たく幌無しの車でも案外悪くないと一種休みの延長線気分で。
二人して缶コーヒー片手に、紅葉に色付いていく山々の景色なんか眺めていたのだ。

 それは唐突だった。
いきなり暗雲が立ちこめたと思ったら、一気に大粒の雨が落ちて来て。
「神田!!もーそこ入れ!!」
「マジで?」
「この状態で百里まで帰ってたら、風邪引くか、ともかく碌な事になんないぞ。」
幌無しの車で、どうする事も出来ず。
雨宿りを出来る場所を探すも、続く山道に屋根状になったモノがあるはずもない。
一気に全身濡れ鼠になった所で、行きに目の端に引っ掛かっていたラブホテルに転がり込んだ俺達を誰が責められよう。
駐車場に車を止めた途端に、寒気が背中を走り一瞬にして完全に濡れそぼっている自分を自覚する。
「神田!上がるぞ。」
この手のホテルのパターンとして、駐車した車のスペースの上に部屋があるので、車庫脇に部屋に通じる階段が付いているのだ。
神田だって同じ状態のハズなのに呆然として車の中で固まっている。
待つことも考えたが、背中を這い上がる悪寒に耐え切れず、声だけを掛け部屋に上がる事にした。
ドアノブに一時、手を掛けたまま躊躇したのは一瞬。
目の前に広がった部屋がアイボリー調の普通の部屋なのに安堵して、一気に馬鹿デカイ風呂に突進した。
濡れたまま湯を捻り、風呂のフチに腰掛けていたらやっと神田が部屋に姿を現した。
「何やってたんだ?お前、えらい遅かったけど。」
「だって、お前・・・ここ。」
「たかがラブホが何だってんだ?こんな状況で風邪ひいたら洒落にならんぞ。
 それよりお前先に入れ。」
温度差のお陰でもうもうと湯気の立つ浴室の中から、外へ出ていくと濡れたままの服が肌にまとわり付いて、ぞくりと悪寒が走る。
その感覚に、自分がかなりヤバい状況な事に気付き、一気に自分のネクタイを解きに掛かると・・・。
立っていた神田が、何でか一気に後ろに下がりやがった。
「何?」
「栗、お前っ?」
「一緒に入ろう。ダメだ、風邪ひく。」
腕を引くが、振り払われる。
「お・俺、後でっ。」
「何言ってんだ。お前の方が運転してた分避けようがなかっただろ。」
そう言った途端、目の端に溢れ掛けるお湯の映像が映って、一気に靴下だけを脱ぐと風呂に走り込んだ。
湯を止めて、振り返っても神田はドアの外に立ったまま・・・。
いい加減痺れが切れて、一気に自分の濡れた服を洗い場のタイルの上で脱ぎ切る。
そのまま呆然としている神田をとっ捕まえて、逃げられないように風呂の中に連れ込んだ。
どうせ濡れきっているんだから、多少湿度の高い風呂場の中で脱いだって結局は一緒だ。
「さっさと脱げ、早くしないと着たまま頭からシャワーかけるぞ。」
さすがの神田も諦めたのか、おとなしくなったので。
濡れた服を二人分まとめて風呂場から放り出すと、先に湯船に浸かった。
溢れたお湯が立ったままの神田の足を濡らす。
そのままぎこちなくも動き出したと思ったら、シャワーのヘッドを手に取ったので、不思議そうに言ってしまう。
「一緒に入んないのか?広いから十分入れるぜ。」
湯船の中でお前の入るスペースといわんばかりに腕を動かしても浴槽の縁に当たる事もない。
ラブホテルの風呂は無闇に広い。
浴槽自体が大人二人が楽に入れるスペースがあると言う事は、片方が男になっても同じ事。
そこまで言って、初めて神田が口を開いた。
「お前は、阿呆かっ!!」
「何が・・・。」
「俺とお前って何?」
真剣な顔で神田と俺を指差されるが、何をわざわざ言っているのか分からないなりに、いつもの答えを返す。
「同僚で相棒・・・。」
クエスチョンマークが浮かんだままであろう俺の顔を恨みがましく見つめたと思ったら
「・・・・恋人は?」
といきなり馬鹿馬鹿しいまでの答えを求めて来た。
「今、この時点でそんなモンあるか!!」
吐き捨てるように言い放った途端に、神田の肩がガクーッと一段下がった。
「無いの?」
「無い!」
そう言うモードにならない俺に手を出して、無事で済まない事実を見た事もあれば、たまに我が身で実感している男がめっきり暗い顔して、風呂に身体を沈めてきた。
このやり取りをやってやっと気付いた。
神田がこの場所に来てから、妙にモゾモゾ、ソワソワしていた事を。
状況が状況なのでバッサリ忘れきっていた・・・緊急事態の優先順位の差だ。
隊から車借り出して来ている上に、風邪を引くかどうか?の瀬戸際でエロい事の方に頭が回る神田の方が或る意味凄いとも言えないか?と思いつつ。
充分に温まった体を持って、外に出ると見つけたバスローブを身につけて、団子状態でわだかまっていた両方のスーツをハンガーに掛ける。
どう考えても、このままで放って置いてもスーツが乾くとは思えない・・・かと言って、今温まった体にこの濡れきったスーツを身につけたら、元の木阿弥だ。
不本意ながら、始末書覚悟でクリ−ニングサービスにでも頼んで、渇くまでの時間をここで潰した方がマシかも知れないと思った頃に神田が風呂で奇声を上げた。
「おおおーーーっ!!栗ーーーっ!!来て見ろよ〜〜〜この風呂、色変わるぞ〜〜。」
何事かと思って行ってみたら、神田が風呂の上部に取り付けられたスイッチパネルを見つけたらしく、必死になってそれを操作していた。
そんな呑気な事を言っている場合か!と思って行って見たモノの見た事もない色が浴槽の中で踊っていてその物珍しさに、怒る事も忘れた。
「へー。」
外部のスイッチパネルを操作する事によって青やら、ピンクやら、オレンジやら、グリーンが浴槽の水の中に映っている。
「ふ〜〜〜〜〜ん。」
綺麗なもんだなぁ・・・なんて思って見つめて居たら、濡れて張り付いた前髪を神田に掻き上げられた。
神田はと言うとさっきまでの雰囲気と打って変わって、新しいおもちゃに夢中になっている子供の顔をしていて。
「もう、どう転がってもタイムオーバーで始末書だろ。だったら、状況を楽しんだ方が良くないか?」
湯船に浸かったままの神田にニヤリと笑われて、その真意が分からず身構えた。
「だってあの服、着れねーんだろ?」
そう言われて視線を送られてしまうと、溜息しか出なかった。
「クリーニングサービスがあるかどうか聞いてみるわ。」
そういってさっさとその場を立ち去ると、即フロントに連絡を入れる。
実際よくある事らしく、服を受け取りに来る事とクリーニングは1時間ちょっとで何とかなる事を答えて貰った。
取り敢えずは一安心でまだ風呂から出てこない神田を見に行くと、本当に呑気に身体を洗っていやがった。
「お前・・・。」
「だってすぐ動けねーんだろ、だったら現状に馴染まないと!」
言っている事がもっともなのか、間違っているのかの判断が曖昧になってくる・・・。
「まぁ、まだ時間はあるから、好きにしとけよ。」
そんな事を言っている間に、チャイムが鳴りスーツを引き取りに来られる。
それが済んでしまえば、本当にする事なんぞ無く。
溜息混じりにドンと置いてある冷蔵庫なんかを無意味に開けたり、閉めたりしてみる。
「何やってんだ?」
「ん〜〜〜手持ち無沙汰。」
「ああ、まぁな〜〜車だから飲むのもダメだし。
 身体でも洗って来たらどうだ、帰ったら即ひっくり返って寝れるぞ。」
「それが狙いかよ。」
くすくす笑っていると、一気に神田にベッドの上へと引っ張り込まれる。
「おいっ!!」
「1時間暇なんだろ?」
「・・・・・・。」
「何もする事無いんだろ?」
不意に首の弱い部分に唇を落されて、身体がビクリと跳ねた。
「かんっ・・・。」
さっき完全に否定したくせに、たった一度の首筋に落されたキスぐらいで容易く火の点く我が身が恨めしい。
スクランブルが掛かってしまえば、ゆっくりとアパートに帰れる訳じゃないからどちらもが、多少相手に飢えていて当たり前。
その上、多分自分よりも自分の身体の反応を知っている男が、本気になって堕しに来たらよっぽどの理由が無い限り逃げは打てない。
ジワリと身体の内から染み出して来る馴染みのある感覚に開き直って、被さって来る身体に腕を絡め、引き寄せた。
「始末書の分だけ、満足させろ。」
言った言葉を受け取って、口元だけで笑われたのが振動で分かる。
その後に付いて来たのは、甘く蕩けされるように散々、啼かされる事だけだった。

 肩をトントンと指先でつつかれる。
「なぁ栗ぃ、これってもしかして・・・。」
「何?」
寝返りを打つのも億劫で、そのままの体勢で声だけで返事をすると、寝ていたベッドごとグラリと揺らされた。
「コレって、ウォーターベッドって言う奴じゃないのか。」
マットの部分を波打つように揺らされて、やっと言っている意味が頭に入った。
確かに普通のマットレスのように手に即跳ね返ってくるようなバネの感覚は無い。
「すっごい寝心地良いんだってな!」
「今、現に寝てるじゃないか・・・。」
「いや・・・もう一回こようココ。一晩たっぷり寝てみたい。」
「ああ、お前さんは人間の三大欲に素直だからな。」
「何だよ、それ。」
「言ったとおりの意味だ・・・よ。」
徐々に言葉尻が微妙になってくるのが、なんとなく分かるがヒタヒタと近寄ってきた睡魔に絡め取られるような気がして、頭を振る・・・。
起きて、スーツに着替えて、車を返さなきゃ・・・そう思ったのが、俺のその時の最後の記憶だった。

「く〜り、栗原、栗さん。」
ぺちぺちと言う音が、自分の頬を叩いている神田の手だと気付くのにゆうに1分は掛かったと思う。
目の前には俺の顔を覗き込むように立っている、神田。。
ちゃっかりスーツを着ている辺り、クリーニングから返って来たんだな・・・と思って、その周囲の照明とは違った明るさにザーーーーッと音を立てるほどのイキオイで血の気が引く。
「か・か・か・・・な・な・・・。」
「今は朝の8時。寝ちまったみたいだな、俺ら。」
言いたい事を引き取られ、眩暈のしそうな現実を突きつけられた。
「やっぱり何て言うの?ウォーターベッドの効果ってすげぇな。」
しみじみと感心している神田を見返す余裕なんて既に無い。
ドアの内側にハンガーで吊られていたと言うスーツを神田の手からひったくるようにして、身につけて行く。
始末書にオマケで司令に呼び出しまで喰らうかも知れないと思いつつ、慌てて車のキーを神田に向かって放る。
「運転任す。」
考える事はひたすら後にしたいのに、悪い考えばかりが頭に浮かんで頭痛を起こしそうになってくる。
昨日起こった事実は兎も角として、自身やってしまった事には完全に沈めてしまう事にして、後はただ隊に帰り着く事だけを望んだ休日の筈の朝だった。

< END >

 うううう、頭痛がしそうなのはこっちだ(汗)。
何ヶ月も抱えてて出来上がったのコレ?とか言うな!!私が一番そう思ってる〜〜〜(涙)。
隠れお題は『ウォーターベッド』だったって話。
SSとは思えないほど長いし・・・やな感じ〜〜〜(汗)。お持ち帰りは9月誕生月だった百合絵ONLYで。
日が変わっちまったい!(遅刻でスマン)。
2004.10.01

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