【七五三】


 
 何気無く出掛けた休日の昼下がり。
目当ての物も購入して、さて帰るかと戸口に近づいたその時。
いつもの商店街の通りにいつもは見る事が無い着物姿の子供が親に手を繋がれて、ぽつり、ぽつりと眼に入る。
驚きと懐かしさ、それとその華やかさに眼を惹かれてしばしその場で立ち尽くしていたらプラモ屋の店主に話掛けられる。
「今年も七五三だねぇ。毎年この頃になると通りが華やぐよ。」
「ああ、七五三なんだ・・・。」
「祝いの事は午前中に済ます事が良いとされていてね。
 ついでに昼ごはんも食べて行くんだろうねぇ、商店街に戻ってくるのがこの時間に重なるんだよ。」
更によく見てみると、いっちょ前に三つ揃えのスーツを着ている男の子やスカートがふんわりと膨らんだドレスを着ている女の子、それに付き添う夫婦もスーツ有りの着物有りので十人十色、まさしく千差万別だ。
「それでも、ずいぶん数が減ったよ。昔はもっと子供が居たんだけどね。」
「へ〜〜〜〜。」
「ま、神田さんも早いとこ良い娘見つけて、ここに住み着いちまうとかどうだい?」
言われた途端、頭が考えるより先に口が動いていた。
「無理。」
言われたほうも驚いたが、言った方も驚いて慌てて口を押さえたが、一度出た言葉は帰らない。
気まずくなった空気を拭う事も出来ず、店主と二人して笑って誤魔化すと一気にその場所を後にした。

 帰宅して見たら、図書館に行った筈の栗原が帰っていて、部屋の中で仁王立ちをしていた。
「悪かった!」
顔を合わせる前に、拝んだポーズで誤ってしまう。
何故立っていたかなんぞは、一目瞭然。単に座る場所が無いのだ・・・。
少しのつもりで出掛けたものの、出てしまえば帰る時間なんぞ頓着するはずも無く。
栗原が出かけて行った事を良い事に広げまくった部屋の中は、作りかけのプラモが散乱して足の踏み場も無い状態。
「謝るぐらいなら片付けてから出て行けって、いっつも言ってるだろうが。」
一気に言われてしまうと、どうしようもなく。
出来る事と言えば、広がりまくっているプラモの部品を一箇所に集める作業だけ。
ラッキーだったのは、長時間放って置いたせいでちょうど良い具合に塗った塗料が綺麗に乾いていた事ぐらいで。
「そういえば、栗も見た?」
「何を?」
「七五三の行列。」
「何だそれ?・・・図書館近辺にはそんな行列居なかったぞ。
 でも、へぇ今日、七五三なんだな。」
「結構可愛かったぞ、いっちょ前に着物とかスーツとか着ててさ。」
だらだら喋りながら下を向いて片付けている内に、栗の方は台所で簡単に昼ご飯になるモノを作っていたらしくふわりとおいしそうな匂いが鼻腔をくすぐった。
「喰ったのか?」
顔を上げるよりも早く栗の方から問われる。
「ん〜〜お前帰ってこねーだろーと思ってたからさ、外で喰っちまった。」
『おーけー』と答えが返って来たと思ったら、すぐにテーブルの上に一人分の食事が並べられた。
人間いくら腹が減っていない状況でも、見えるところに食べ物が並べられれば欲しくなるのが道理で。
プラモを一固まりにすることも一段落した所だったので尚更だ。
「くーりぃ〜、ちょっと喰わせて。」
「・・・皿持って来いよ。」
呆れた様子で言われたものの、言い出す事を見越されてか多少量は多めだったらしい。腹も落着いて来ると眠くなる。
「待て!神田寝るんだったら、完全に片付けろ!寝転がってってプラモ潰しても俺は知らんぞ!」
「・・・あ・・・。」
仕方なく眠い眼と重い腹を抱えたまま、プラモを一気に抱えると下に敷いていた新聞紙ごと空いていた押入れの下段に放り込んで仕舞おうと襖を開けた途端、栗に止められた。
「神田・・・それで許されると思ってんのか・・・。」
底冷えが来そうな声で告げられれば、一時、眠気も飛ぶ。
仕方なく、元々仕舞ってあったダンボール箱に丁寧に仕舞っていきながらも、眠気を振り払う為に喋ることにした。
「そう言えばさぁ、お前の七五三って着物だったのか?」
「いや・・・スーツだったような気がするな・・・。」
「へー。」
「そう言う神さんはどっちだった?」
「・・・確か、紋付袴だったような・・・家に帰れば在ると思うんだけどな。」
そういってからふと気付いた。
栗は母親が亡くなってから預けていた荷物をこの部屋に移って来た時に、全部引き取ったって言っていた。
以前『鯉のぼり』が出てきた位だから絶対にこの中にあるんじゃ無いだろうか。

「何やってんだ?、神さん?」
がさがさとプラモを仕舞う為とは思えない動きで、押入れの下段の荷物に顔を突っ込んでいたら、結局咎められた。
「なぁ、栗さんの七五三写真ってどれ?」
「へ?」
「だからーウチの女房様の晴れ姿!」
言った途端に、一瞬だけ栗の顔が顰められ。
「何で今更そんなモン見たがるんだ?」
「ただ単に見たいなーと思って。在るんだろ、こん中。」
笑顔で言うと、目の前の栗の肩ががくりと下がった。
「いや・・・そんなもん何処に行ったか・・・。」
逃げる気なんだろうけどそうはいかない。伊達に付き合いは長くない。
「俺じゃ在るまいし、お前の性格でそれは在り得ない!」
「・・・断言するなよ、恥ずかしい奴だな。」
そう言うと、諦めたのかため息を一つ吐き俺を押しのけると、一つのダンボール箱を引っ張り出してきた。
覗き込むときっちりと詰まったアルバム中から綺麗に装丁された八つ切り版のアルバムを数冊取り出してきた。
試しにと手近な一冊をのアルバムを開いたら、それがビンゴで。
畏まって、緊張した面持ちでスーツを着た、幼い栗原が出て来た。
「ほれ、在った。」
そう言って栗に声を掛けて広げて持ち上げたら、その拍子に二つ折のアルバムに傷予防のために挿まれた薄紙がはらりと落ちた。
「ああ、うん、懐かしいな・・・。」
栗が俺の差し上げたアルバムを自分のほうに引き寄せて、見る。
栗から写真を取り上げるのもなんなので、そのままの状態で写真をもう一回よく見ようと、栗の肩越しに写真を覗き込み、そしてそのまま俺の脳味噌は停止してしまった。
「以前言った事あったっけ、美人だろ?俺の母親。」
にこやかに笑って振り返った栗の顔も不振気に歪められる。
「・・・く・・・いっ・・や・・・え・・・。」
俺はと言えば、写真を指さしたまま。
頭の中では様々な言葉が渦巻いているが、どれ一つとて形になる事が無い始末で。
「大丈夫か・・・?」
栗が写真を下ろして、自分の後ろ側にいる俺に手を伸ばしてくる。
腰と言うか、背中の辺りをぽんぽんと落着かすために触れられたら、何かがスーッと抜けていった。
そのアルバムは両面で仕上げられていて、片面には栗、もう片面には栗と栗の母親の写真が写っていた。
少し緊張した我が子を見守るように穏やかに笑っている。優しい笑顔。
「・・・神田っっ!?」
何も言わないまま、眼の前にある相棒兼恋人の身体をきつく抱きしめる。
「なぁ、おふくろさんって優しかったか?」
「そりゃあ、もう。
 自分が無理してても言わないタイプで、身体は弱かったけど、芯が強かったんだろうな。」
正妻の座を望むことは無く、一生日陰のままでも良いと愛を貫いた人。
「栗、・・・お前が好きだ。すごく好き。」
「な、何っっ!」
腕の中にある身体が焦って跳ねた。腕の中に納まっていることをもがくように身じろぐ。
「栗のおふくろさんさ、俺の初恋の人だ・・・。」
『坊やみたいに元気な子と遊んだなら、うちの子も元気になれるかも知れないわね。』
遠く昔に聞いた言葉が頭の中でこだまする。
「・・・お前が飛行機に惚れてなかったら、もっと早くに出会えてたって事か?」
「・・・かもな。」
「無理っぽいけどな・・・。」
「!」
「お前が飛行機に惚れないなんて現実、あるわけが無い。」
ふわりと悪戯を見逃して貰った子供相手のように微笑まれて、その笑みに見蕩れた。
「・・・そうだな、その頃に会ってたらこんな事にはなってなかったかも知れないしな。」
柔らかく凭れ掛かってくる身体を、大事にただ大事に思って抱いていた。
「・・・ああ、そうかもな。」
回した腕に腕を、手には手を重ねられ、呟くように栗が零した。
偶然か必然か俺達は出会って、今ここにいる。
「出会えなかったとしたら、どうなってただろうな。」
「お前はやっぱり運転手泣かせのナビで、俺はナビ潰しのパイロットで・・・。」
「「ろくなモンじゃないな。」」
思わず口から零れた言葉に二人で顔を顰め、二人眼を見て笑い合う。重なった声は、本当に本心で。
出会えなかったらと栗は言ったが、俺の頭にはそんな気持ちは微塵も無く。
きっとどこかで出会って、お前の傍に必ず居ただろうよと思いつつ、居なくなったおふくろさんに取り敢えず、申し訳ないと誤る事にして。
「今度、墓参り一緒に連れてけ。」
それだけを栗に告げた。

 それから数日たったある日。
栗原がスーパーの袋をぶら下げた買い物帰りと思しき格好のまま、部屋に上がるなり俺を睨め付けた。
「神田・・・お前商店街で一体、何言ったんだ?」
「へ?」
「お前は田舎に婚約者が居て、結婚資金貯める為に働いてるんだそーだよ。」
「何で?」
「こっちが聞きたいわ!!お陰でいろんな店の前通る度に色々おすそ分けして貰って、その上なんか知らないか?の質問攻めだ・・・なんか心当たりないか考えてくれよ・・・。」
『この中身ほとんど貰いもんだよ・・・。』ため息混じりにほとほと疲れたと言わんばかりに、荷物と一緒に玄関口に座り込んだまま動かなくなった。
「・・・あっ!?」
「心当たりがあるのか?」
「・・・この前の七五三の時に、ここで嫁貰えって言われたから『無理』って言った気が・・・。」
「なんでそんな!」
「いや、お前居るから、無理だと思って・・・。」
「こんの阿呆っっ!!口から出すな、そんな台詞!!」
人の噂も七十五日・・・。
その期間その件については知らぬ、存ぜぬを通す事を約束させられ、取り敢えずは皆に忘れて貰う事にした。
辻褄合わないだろうに何でそんな事信じたんだろうと栗に聞いてみると、どうも、俺がその話が出た時に今まで見た事も無いような真剣な顔していたから、信憑性が在りそうだったと伝わってきたらしい。
悪かったな!!

何が怖いって暇を持て余したご近所ほど恐ろしいものは無いとしみじみ感じた秋の終わりだった。

< END >

 延長までして置いてこれかよ・・・(汗)。
何て言う皆の言葉が聞こえてきそうで怖い〜〜〜ヒーーーッッ!
でも何て言うか見て分かる通りのリハビリ状態だと言うのに、ここの二人はべたべたと引っ付き回って!何なんじゃお前ら!!と上手く引き剥がす知恵も回らない始末で・・・(涙)。
書ける所まで書いて、あとで修正しようと思いつつも、果たしてこんなのに手を加える事が出来るのか・・・なんか恥の記録と化している(苦)。
2003.12.08

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