【七夕 神田version】


 
 日程通りのスクランブル勤務。
いつ来るか分からないお客さんに緊張しっ放しでいる訳でも無く。
実際のところ適度にだらけて、耳だけと目だけは知らず、知らずに緊急音が鳴れば即行動できるようになっているらしい・・・これも慣れてしまえば日常で。
お客さんが来なけりゃ、空にも上がる必要は無し。
ただ単にダラダラと時間つぶしに精を出す男共が詰まった「タコ部屋」と化すわけで・・・。
何でそんなに確定的に喋っているかと言えば、自分の意思ではどーしようも無い今回のような天候不良というオマケには、誰も逆らえない。
それでも雲の上に上がってしまえば関係無しで、やって来ることはあるけれど・・・まーほぼそんな事が無い程の横殴りの雨なので、それはそれで構わない。

 それよりも気になるのは、今日が『七夕』だって事だ。

 数日前にちょうど見た週間天気予報で「傘のマーク」を見てから、嫌な感じはしたのだ。
なんで『七夕』が気になるのか?と言えば、根拠は無い訳なんだけど・・・1年に1度しか逢えない恋人達の逢瀬が邪魔されるってのは、なんとなく嫌な感じだ。
机に突っ伏した体勢で、ぼんやりしていたら栗が缶コーヒーを目の前に置いてくれた。
「おお、さんきゅ。」
「何、たそがれてんだよ、百里のゴリラともあろうモノが。」
言ったまま、俺の座った隣の椅子を引っ張り出したと思うと、背凭れに顎を乗せるようにどかりと座り込んできた。
覗き込んでくるような栗の視線に、心配された事に気付いて口を開き掛けたが、それは途中でさえぎられた。
「いや、天気・・・。」
「ああ、七夕なのに雨って事か・・・。」
数日前に何気なく喋っていた事をキッチリと憶えられていて、それ以上の説明は不要だった。
ぼんやりと二人して外を眺める。
目に映るのは横殴りの雨で、それ以上でもそれ以下でも無い。
「『七夕祭り』なんてーのも、この近辺にあったら中止なんだろうな・・・。」
「さぁどうだろう・・・。」
そこにちょうどカップうどんにお湯を入れたたぬきばやしが鼻歌付きで前を通り過ぎようとしていた。
その余りに呑気で嬉しそうな様に二人とも無言で視線を送ってしまう。
「な・なんですか!二人共!!幾らお腹が減っててもこれは差し上げられませんよ。」
俺達の視線に気付いたのか、いきなり開口一番こんな事を言われて、がっくりと脱力する。
「前から言ってると思うけど、誰も取らないって。」
「大体どうしたよ、夏は冷やしたぬきじゃないのか?旦那。」
栗と俺に話し掛けられて、答えようとした時に何処からかアラームの音がした。
「あ。」
一言呟いたと思ったら、そのまま俺達の近くに椅子に座り込んでおもむろにカップ麺の蓋を取り外し始めた。
「・・・をい。」
「今日は雨ですからね。体調を考えて温かい方にしたんです。体調管理も仕事のうちですからね。
 あ、お気になさらず。出来たてを食べないと勿体無いですから。」
畳み掛けるように喋り切ると、箸を割って食べ始めた。
さっきのアラーム音はたぬきばやしがカップ麺のために掛けたタイマーの音だったらしい。
思わず、たぬきばやしから視線を外す俺達に罪は無かろう。

「そう言えば、『七夕』がなんとかって言ってましたが、なんですか?」
キッチリと食べ終えたたぬきばやしが両手を合わせてご馳走様でしたの礼をしながら話し掛けてきた。
「ん?」
「『七夕祭り』ってのも雨が降ったらお流れなのかなって話しだ。」
「大丈夫ですよ。ほとんどの『七夕祭り』は旧暦にあわせて8月の頭頃ですから。」
へ〜〜〜とたぬきばやしの物知り度に感心していたら、それに気を良くしたのか立て板に水の状態で喋り始めた。
「元々『七夕』は中国の伝来で、『乞巧奠』と言う伝説が元になっていてですね。」
流石、寺の息子。
説法を始めたら止まらないらしい。
話を振ったのが自分達である分、ある程度諦めて右から左に流していたら、一部の話にこの前から喋っていた内容が被って来た。
「7月7日に雨が降ると、天の川の水かさが増して、織女は向こう岸に渡ることができなくなります。
 川下に上弦の月がかかっていても、つれない月の舟人は織女を渡してはくれません。」
「何だそれ?雨だけじゃないのか?邪魔すんのは。」
「ええ、なんですか私はこう聞きましたね。」
「「へ〜〜〜〜〜っ。」」
「逆に言えば、月だけなんですよ邪魔するのは。」
「雨は?」
「『かささぎの橋』って聞いたこと無いですか?」
「ある。」
自分の隣りでポンと軽い音がしたので見てみると、栗が手のひらに拳を乗せていた。
「そう言えばそうだ。『かささぎの橋』が掛かるから、雨が降っても渡れるんだ。」
「何だ?その『かささぎの橋』って?」
「内容はこうですね。
 毎年、七夕の日がやってくると、どこからともなくたくさんの『かささぎ』という鳥が集まってきて、翼を広げて、天の川を横断するように並び、我が身を架け橋にして二人を会わせる。この橋を『かささぎの橋』といいます。」
「へ〜〜〜〜〜〜。じゃ雨は関係ないんじゃないか。」
「色々に伝わってますからね。」
「ふ〜〜〜〜〜ん。」
「後、織女と牽牛には二人ずつ子供がいるとか、中国では織女が牽牛に会いに行くのに対して、日本では逆とかですね。」
「へ〜〜〜〜〜〜〜っ。」
妙に感心している俺を見て、たぬきばやしが得意満面の笑顔で答えていたが、ふと不思議そうに尋ねてきた。
「なんですか?神田さん。こんな話が気になるなんて誰かから質問でも受けたんですか?」
「変か?」
「まぁ、今までの神田さんの反応じゃないですねぇ。」
言われてしまうとなんでだろう?と思うしかない。
確かにこれまではそんな事気になりもしなかったのだ・・・。胸の上で腕を組んだまま頭を傾げているとたぬきばやしが何も知らないまま爆弾を落とす。
「要は『七夕』ってのは恋愛話ですからね。
 周りにそんな話があるとか、気になる人がいるとか。そんな事でもなければ、気にならない話らしいですよ。」
聞いた瞬間、自分の体内温度が1・2度落ちた気がした。
確かにこの話が気になったのは、恋人に1年に1度しか逢えないと言うシチュエーションが、今の自分の状況と比べて可哀想だと思ったのが始まりだったことに思い当たる。
この後喋ったら確実にボロが出る!と言う状態で、何を喋ったら大丈夫なのかと頭ぐるぐるしている間に助け舟が出た。
「こいつのことだから、住んでる周りの子供に聞かれて答えが出なかったのが悔しいとかそんなもんだと思うけどな?」
「ああ、ありそうですね〜。」
心の中でこの話題が流れたことを小躍りしたくなりながら、ポーカーフェイスで淡々と語る自分の恋人に諸手を上げて万歳をしたくなった。
しかし言われたことはあんまりにあんまりで、
「・・・悪かったな・・・。」
つい憮然と答えてしまった。
そのままこれ以上の追求を防ぐべく、机に突っ伏して寝る振りをする事にした。
その振りでたぬきばやしも栗も俺の周りからいなくなる。

 『七夕』にも色々話があるもんだと思いながら、取り敢えず1年1度に必ず逢えることが分かっただけでいいかと納得する。
恋をすると人の話が気になるって言うのは初耳だったなと思いつつ、今自分が幸せだって事かと納得する。
もうしばらくすれば、寝た振りを決め込んだ俺の様子を見に栗がやってくるだろうし、そうしたらいつものように将棋でも指して、この勤務が終わったら子供にしか人気が無いと言ったと難癖をつけて、栗に甘える事にしよう。
織女と牽牛みたいに我慢強くも無けりゃ、堪え性も無い俺には『七夕』なんてイベントは向いてないと思いつつ、来年にはこの仕入れたネタを近所のガキに知ったかぶりで喋ってやろうと目を閉じた。

< END >

 え〜〜〜こんなんでどうでしょう?(汗)。
何なんだか・・・続きそうな終わり?(汗)。忘れて下さいませ(笑)。
しかし『七夕』って、色々な話がありすぎですわ・・・。これにて7月分終了!!って事で!
2004.08.02

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