【七夕 栗原version】


 
「なぁ、栗ぃ。七夕の奴等って雨だと会えないんだよな。」
ぼんやりテレビを見たままの神田が呟く。
「なんだよ突然・・・って、天気予報か。」
「そう、週間な。」
消える瞬間、目の端に写ったものは、傘のマークだった気がする。
「可哀想にな〜。」
しみじみと言い出す男に苦笑が漏れる。
「織姫と彦星の名前さえ覚えてないお前に言われたくないだろ。
 大体、まだ先なんだから、天気も変わるかも知れないじゃないか。」
「いや、可哀想だ本当に!」
言った先から何をする気なのか、いきなり感じた衝撃に頭が付いていかない。
テレビの前で座っていた体制で居たはずの神田にいきなり身体を抱き込まれ、一気に後ろに倒れると思った衝撃は神田の腕に吸い込まれて・・・。
気付いたら腹の上に神田を乗せた状態で、懐かれていた。
「てめっ!」
「我が身の幸せを噛み締めてみようかなっとな。」
「あぶねーだろーが。全く・・・『七夕』来るまで、ずっとかよ・・・。」
「それもいいかもなぁ。」
「殴るぞ。」
「殴ってから言わないでよっ。」
殴られても強固に解けない腕に自由になる事を諦める。
起き上がるのもバカらしいので、力を抜いて身を任せた。
「で、どんな甘え方をして来るんだ?」
「ん〜これから考える。」
至極バカバカしい日常だった。

 そんなやり取りがあっての数日後。
俺の頭に浮かぶのは、この勤務が終わったら三日連続で休みがあるって事だけだ。
何の因果か、シフトの組み方の穴で10日連続勤務を言い渡されていて。
要はこのスクランブル勤務が終わら無いと休みが入って無い事実に気付いたのは、通常通りに休む気でいた週末だった。
いい加減俺も夏の暑さに振り回されて、頭が回ってなかったと自分を慰めるしかない。
神田本人もそんなシフトの落とし穴に気付いているはずも無く。
気付いてから、ブチブチと文句を言っていたが、それこそ後の祭りである。
こんな状態で機嫌が良い奴らが居たら、そいつらの顔を拝みたいもんだと思いつつ溜息をつく。
その上、天気は思いっきりの横殴りの雨。
何気なく、机に伏せたままの神田に視線を巡らせる。
神田の方も今日は朝から不調と言えば、不調だった。
当然の如く、この雨の為に通常のフライトがあるはずも無く。
うだうだと時間を過ごしてのスクランブル勤務に突入することになったのは、ペアを組んだ奴らにもご同様。
しかしそのペアの片割れが、よりにもよってたぬきばやしと来ると思わずブルーになる気持ちも察してくれと言いたい。
取り敢えずは、地固めが肝心と相棒のご機嫌を取りに、缶コーヒーを突っ伏した頭の前に置いてやる。
音に気付いたのか、神田がようやく顔を上げた。
「おお、さんきゅ。」
しかし出てきた神田の言葉にハリは無く・・・。
「何、たそがれてんだよ、百里のゴリラともあろうモノが。」
そこまで天気云々が、お前のような奴に影響を及ぼすのか?と逆に不思議に思うほどの意気消沈振りで・・・。
つい、鬱憤晴らしのいいネタも思いつかないまま、神田の隣りの椅子に腰掛けた。
探るように視線を巡らせると、僅かに開いた口が音も無いまま閉じられる。
それでもと、待っているとやっと沈んでいる原因を口にした。
「いや、天気・・・。」
その単語を聞いてやっと神田がどうしてここまで沈んでいるかの原因に思い当たる。
「ああ、七夕なのに雨って事か・・・。」
それこそ1週間前から天気予報を気にしていた事実を思い出す。
雨のマークがあった日も曇りや晴れに変化した日もあったけれど、肝心の『七夕』の今日。
雨になってしまった訳だ。
ぼんやりと二人して外を眺める。
目に映るのは横殴りの雨で、それ以上でもそれ以下でも無い。
「『七夕祭り』なんてーのも、この近辺にあったら中止なんだろうな・・・。」
「さぁどうだろう・・・。」
ぼそりと呟いた神田の台詞を受け取って、力も無いまま返す。
 どちらもが何も無い空白の時間。
そんな状況をぶち壊すべく、上機嫌の鼻歌が聞こえて来た。
思わず伺うとカップ麺を大事そうに抱えた、たぬきばやしの姿が通り過ぎかけた・・・ので、つい見てしまう。
「な・なんですか!二人共!!幾らお腹が減っててもこれは差し上げられませんよ。」
真剣な声であれば、あるだけがっくりと脱力する。
神田も見ていたのかと視線を合わすと、力なく笑ってきた。
「前から言ってると思うけど、誰も取らないって。」
警戒心も露わに言ってくる男を宥めるように言葉を発する。
「大体どうしたよ、夏は冷やしたぬきじゃないのか?旦那。」
からかう様な神田の声が被って、いい気分転換の材料を見つけられたか?と神田を見ようとすると、何処からかアラームの音がした。
「あ。」
たぬきばやしが一言呟いたと思ったら、そのまま俺達の近くに椅子に座り込んでおもむろにカップ麺の蓋を取り外し始めた。
「・・・をい。」
神田が突然の行動に戸惑ってを声を出す。
「今日は雨ですからね。体調を考えて温かい方にしたんです。体調管理も仕事のうちですからね。
 あ、お気になさらず。出来たてを食べないと勿体無いですから。」
しかし、たぬきばやしはそんな事まったく意に関せず、質問の答えを返してくる・・・。
その上ズルズルとうどんを啜り始めたのだから、二人共がたぬきばやしから意識を逸らすのも当然だろう。
 そうして、多少の時間が経った頃。
たぬきばやしが手を合わせてご馳走様のポーズをしながら話し掛けてきた。 
「そう言えば、『七夕』がなんとかって言ってましたが、なんですか?」
「ん?」
『七夕』という単語に神田がいち早く反応する。
「『七夕祭り』ってのも雨が降ったらお流れなのかなって話しだ。」
余り気は乗らなかったけれど、時間は余る程あるので答えてやったら意外に詳しく答えが返ってきた。
しかしその量たるや、素晴らしい物で・・・乗せて喋らせると意外な所に知識を蓄えている奴がいるものだと妙に感心した。
『かささぎの橋』も思い出したし、たまにはたぬきばやしの話を聞くのも一興と思ったところで、突然にその当人であるたぬきばやしから爆弾が投下された。
「要は『七夕』ってのは恋愛話ですからね。
 周りにそんな話があるとか、気になる人がいるとか。そんな事でもなければ、気にならない話らしいですよ。」
聞いた瞬間の神田はまさしく隣に座っている俺にピキーンと音まで聞こえるかと思うほどの石化状態で。
運良くたぬきばやしは視線自体を俺に向け、同意を求めてきていたのでその現場を押さえる事は無かったが。
「こいつのことだから、住んでる周りの子供に聞かれて答えが出なかったのが悔しいとかそんなもんだと思うけどな?」
神田の方を振り向いてくれるなと心で祈りつつ、わざとたぬきばやしに視線を合わせて勿体ぶってそう言ってやると。
「ああ、ありそうですね〜。」
アッサリと同意を返される。
神田に恋愛話しと言うのは、これほどにあり得ない事と認識されているのかと思うと、ちょっと哀れさを誘ったが。
「・・・悪かったな・・・。」
不機嫌アリアリのブスくれた顔で神田が答えると、そのまま机に突っ伏してしまった。
神田本人には後でフォローをいれることにして、たぬきばやしのそれ以上の追求を避けるべく先を促すように、その場所を離れた。
 天気予報の話が出てからスクランブル勤務に就くまで、本当に言われた通りに神田の言うところの『甘え』を日々実行されていて、いい加減辟易していたが。
この仕事が済んだら、思いっ切り甘やかしてやる事を悪くないかと心の何処かに留め置くことにした。


 全ての勤務が終わったってやっと外へ出れたのは、昼が過ぎようとする時間だった。
通勤ラッシュ関係なしのガラガラの列車の中でのんびりと椅子に座り、窓の外をぼんやりと眺める。
ふと重みを感じて肩口を見ると神田がさっさと凭れ掛かるようにして舟を漕いでいた。
確かに今回の仕事はキツかった・・・眠ってしまう気持ちも、分かる・か。
なんて思っている間に、その健やかな寝息に誘われて、いつしか自分も眠りに引き込まれていた。
「く〜り〜〜〜ぃ。」
「・・・んっ・・・?」
「次で降りるぞ。」
「・・・あ・ああ。」
腕を掴まれて立ち上がらせられる。
自分が眠り込んでいたことを自覚したが、まだ身体はスムーズに動くことが出来ずに神田の動きのままに止まった駅で降りた。
去っていく列車の音を聞きながら、目の前に広がる景色に呆然とする。
「ど・こだ・・・ここ?」
「駅だ。」
そこには見慣れた風景は何処にも無く、多分かなり近代的な建物の内部に駅が入っていると言う場所らしかった。
当たり前だ!!と喚きたいところ無視され、ズカズカ歩いていくこの男は一体何を考えているのか。
呆けた頭で考えているうちに、いきなり同じ建物の中にあるホテルへと連れ込まれた。
何が起こっているのか、目を点にしている間にどんどん神田は俺の腕を引いたまま、エレベーターに乗り込み最上階のボタンを押した。
その意図に気付いて、どっと力が抜ける。
大型ホテルの最上階にあるのはたいがい展望レストランで。
そこには神田が滅多に食べれないと言う、大好きな『お子様ランチ』が存在しているのだ。
「ココのはどんなプレートだろうな?亀か?キリンか?」
どうやら、二人で寝こけてしまい、降りなければいけない駅を散々通過した挙句に着いた場所だったらしい。
けれど既に、神田の頭の中では、乗り越してしまった後悔よりも新しい場所に対する興味の方が先にたったらしく、目の前の駅ビルに入る気になったらしい。
意地悪く笑ってやると、頬を染めながらでもしっかりと逃がすまいとするように腕を組まれた。
「逃げないから、止めろ神田!」
一応恥ずかしいと言う言葉は言わないでやっておく。
じっと物言いたげな神田の目が見返してくる。
「ただし座る場所は選べよ。恥ずかしいのは俺も一緒だ。」
そう言ってやると、やっと腕を解いた。
ちょうどその時にエレベーターが音も無く最上階に到着する。
男同士で腕を組んでレストランに引き込まれるのと、面付き合せて『お子様ランチ』を喰う男を眺めているだけなら、後者の方がいくらかマシな気がして腹を括った。
嬉しそうな顔をして『お子様ランチ』をほおばって満足した男が、更に楽しい事を思いついた!と言う顔で告げてきた言葉がぼんやりと右から左に流れて行く。
「ついでに泊まってく?」
何を言われたか一瞬反応できず、神田の顔を覗き込むと上目づかいでびくびくしている。
不思議な気がして、頭の中にもう一度その言葉を引き戻して見るとびくびくしている様子に納得がいった。
けれどその誘いを無碍にする気も起きなくて・・・。
「え?あ・ああ・・・良いか、たまにはそういうのも。」
つい、乗る気になった事こそ、『七夕』の効果だったのかも知れない。
目の前にあるご満悦状態で笑み崩れた顔を見ながら、明日身体が言う事きくのか?と思ってしまった自分の毒され加減が嫌になった休日前だった。

< END >

 コレを書きつつ考えていた事と言えば『水上ルイ』ってスゲーや・・・だった。同じ台詞の内容を書くのが苦痛で・・・(書かないとダメなの分かってるのに)。
その上、テンション地を這ってて最悪でした。しくしく(涙)。
完全に浮上しないのなんで?夏休み中だから?
この後、8月分があるかと思うと眩暈。なのになんで書いたんだって、何でだろ・・・今書かないとお蔵入りが分かっていたからかも。
実の所・・・この後を書こうとして挫けたって話は在りです。エロは頁喰うので、ギブアップ。自力で想像してください・・・状況だけは整えてありますんで(最悪だな、オイ)。
2004.08.24

SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送