【指輪】


 
「指輪って、邪魔だよな〜〜〜。」
昼下がりのアラート。
ボヤキのように聞こえたきた声にちょうど通りかかった水沢が答える。
「そうですか?良いじゃないですか、幸せのし・る・しですよ。」
「あ〜もー良いよ、水沢は。」
そう言って、言った相手に追っ払われた。
「何やってんだ?水沢。」
そこに通り掛った神田が声を掛ける。
「指輪ですよ、指輪。ま、神田二尉には関係ないですけどね。」
あっさりと視線を外し、背後からやって来た西川を見つけると一気に走り寄って行く。
妻帯者は妻帯者。独身者には関係が無い話しらしい。
「西川さ〜〜〜ん。相沢さんたら酷いんですよ、指輪が邪魔なんて言うんですよ〜〜。」
走っていった先に続いたのは、不似合いな大声で。
「あ〜〜〜〜!!西川さんに指輪が無い〜〜〜〜!!」
その声に立ち去る気だった、神田にオマケで栗原も付いて来る。
「水沢・・・デカイよ、声が。」
「西川さんっ!どーしちゃったんですか!」
水沢の声に興味を惹かれた面々までもが、じょじょに近寄ってこようとする事に気付いて西川がわざと大声で答えた。
「痩せて、抜けたんだよ!
 無くなったら困るんで外してあるんだよ。」
そのまま、4人で食後のコーヒーでも飲もうかと移動する事にした。
「痩せるんですか、良いですねぇ。僕なんか何かだんだん服のサイズがきつくなって来てるみたいで・・・。」
「お前のは『幸せ太り』って言うんだろ。」
突っ込んだ神田に全く気にせず、ニコニコと幸せそうに笑う水沢の顔に何を言っても無駄!の文字が浮かび上がっている。
「しかし何で痩せるんだ?結構、西川ちゃんだってその実、神田に負けないぐらい喰ってるだろうに。」
「『痩せの大食い』ってパターンらしくって、何か一定量を越すと逆に痩せちゃうらしいんですよ。」
「奥さんぼやくだろ。」
「そうですよ〜『私が食べさせてないみたいに見えるから、止めて欲しいわ』とか何とか言ってますよ。
 言われたってどうしようもないんですがね。」
「栗原さんちはどうですか?」
「へ?」
「神田さんの食欲ですよ。」
「あいつのは、燃費が悪いのか喰って、動いたら、無くなってるらしくて、保存が効かん。」
「まーあれだけ食べた上に飲んで、燃費が悪けりゃ今までで十分太ってますよね。」
「ま、そうだな。年喰ったらおっそろしい事になりそうだけどな。」
「末は司令ですか。」
「こっわい意見だな。」
「ま、そうならないように栗原さんが気を付けてあげれば良いんじゃないですか?」
「あ〜まぁ、そうか・・・・?
 俺は神田の嫁になった覚えは無いんだけどなぁ、西川ちゃん。」
「いや〜つい。」
西川が笑って済まそうとした所で、遥か前方を歩いていたはずの神田から声が掛かる。
「指輪いるか〜栗〜〜。」
「あほかーーーー!」
笑って過ごす、基地の日常だった。

 そんな事があってから一体何ヶ月経っただろう・・・。
栗原の方はそんな話しがあったことすら忘れ果てていた、その日。二人揃っての休日だった。
いつものように、神田とは別行動で・・・買出しから帰って来た栗原を待っていたのは、珍しく物言いたげな風でまとわり付いてくる神田だった。
この男が自分より早く帰宅しているなんて珍しい・・・なんて呑気に思いながら、視線を送るとそれを逸らされた。
まとわり付いて来ているのに、視線を逸らすという矛盾した行動に不審を抱く。
ならばと待ってみても声を掛けてくる事もしないようなので、先に話しを振ってやる事にする。
「何だ?」
「あ、う〜〜〜〜。」
そう言ったまま、埒が明かない。
「コーヒー淹れてくれ、淹れてる間に話しまとめろよ。」
素直にコーヒーサーバーの場所に行く辺り、煮詰まってんのか?と考えてから心当たりを考えてみるが、これと言ったものも浮かばない。
栗原の方はいつもの行動で、手洗いとうがいを済ませると、そのままいつものコタツ机の定席に着いた。
「・・・・・・・。」
ところが座った栗原の目に飛び込んできたのは、紺の小さなベルベット調の布張りのケースで。
この部屋では見たことも無い物だけど、なんとなく知っている物のような・・・そんな嫌な汗を背中にかきつつ、神田に声を掛ける事も躊躇ったまま・・・そっと手にとって蓋を開けた。
ぱかっと口を開けたそこには、多分プラチナの輝き。クラッと眩暈を感じつつ何とか傾ぎそうな身体を支えて耐えた。
ケースの中には、シンプルなうねりを描いたリング。
「か・神田っ!!」
結局はサーバーの前でコーヒーの出来上がるのを持っているであろう神田を上擦った声で呼ぶことしか出来ない。
「なんだ、これ!!」
姿は無いまま、声だけが栗原の問いに答えて来る。
「・・・見たまんま、お前の指輪。
 以前水沢が幸せのしるしとか言ってたから。」
「はあっ!?」
「買っちゃった。」
あっさりと続けられた神田の問題発言にそのまま倒れたくなった栗原だったがそれも何とか耐えた。
「サイズとか・・・。」
「その横の紐。」
机の上には指輪のケースの傍に一本の印が入ったタコ糸が置かれていた。
「?」
「それを寝てるお前の指に回して測った。」
ガクリと全身の力が抜けていくのが分かる・・・。
そこまで自分はこの男の前では無防備なのかと、眩暈以前に頭痛がしそうになる。
その上、出来上がったであろうコーヒーを自分の分まで運んできてくれた為に、非難の言葉も出る機会を逸してしまい。
「水沢から話し聞いた時にそういう物も良いかなって思ったんだけど、金無かったから今日になった。」
「付ける事も出来ないのに?」
「なんて言うか・・・お前が居てくれて、俺が幸せだって言うしるし・・・かな。」
本能と勘だけは妙に発達した男は、自分でも掴み切れていない心の揺れをあっさりと掬い上げて見せ付ける。
多分、男同士という枠に無意識に縛られているのは、神田よりも自分だという自覚がある。
この神田と言う男と出会えなければ、一生誰にも心を明け渡さないまま過ごしていたであろう自分。
そして、自分という男に出会わなければ、多分普通に結婚なんかしていただろう神田。
違うと面と向かって言われても、自分の中の「if」は無くなる事が無い。
そんな気持ちをいつも神田はひっくり返してきた。
いつも神田が行動を起してから、気付かされる事のなんと多い事か・・・。
「負けだ、負け!!」
いきなり叫ぶように言い放った栗原の声に驚いた神田の目が点になっている。
それを気にする風も無く、近付いて来ていた神田の身体を立ち上がって抱き締めた。
「く・栗っ!?」
「これ、俺のだけなんだろ。」
「うん。」
「お前の分は?」
「・・・・・・無い。」
指輪が幾らするかは分からないけれど、考えずに買って金欠になった事は想像に容易い。
「それは俺が買ってやるから、一生俺の傍に居ろ。」
ぼそりとこぼした言葉をきっちり聞きとって、神田が身体全体で喜びを表してくる。
こいつが犬なら、今千切れんばかり尻尾を振っているだろう図が思いっきり浮かんだが取り敢えず、言わないで置く事にした。
コーヒーを両手に持たせて、神田の自由が利かない事を分かっていて、口付ける。
「けど、付けるのは無しな。」

 二人で暮らしているアパートには、付けられる筈のない指輪が人知れず2個並べた状態のまま、引き出しの奥に仕舞われているのである。


< END >

 『88題』提出物。
元々は基地内での水沢、西川達とのじゃれ合いで終わってました。
何で付け足したかは謎ですが・・・誰かが続きは?ってコールくれたのかも・・・でないと書かないので(苦笑)。
お気に召して頂けたらいいなぁ、でも出来上がっちゃてるけどね(汗)。
2004.06.19

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