【鏡開き】


 
 休みだと言うのに、目覚めてみれば既に神田は出て行った後のようだった。
何気に付けたテレビの表示時間はまだ8時前で、自分が寝過ごした訳でもないと納得する。
「何なんだ・・・?」
思わず、溢した台詞にも返事は無い。
あの男が何も無しで早起きをするとも考えにくい・・・何かあるのかと問う前に、自分が昨日は背中に寒気を感じて、さっさと神田を放って置いて布団に潜り込んだことを思い出す。
風邪だったらいけないからと言う俺にいつから買って来ていたのか、温めた甘酒を無理やり起こして飲ませられると、布団に突っ込まれた事まで思い出して赤面する。

 実際考えてみれば、考えてみるほど俺はスキンシップと言うモノに弱かった。
小さい頃は同情とか、憐憫。
そう言うモノに嫌気がさしていたし、自分の弱い所を曝け出すだけの勇気も図太さも無かったので、そう言う行為に甘える事も出来ず、最後にはその好意自体に憎悪を浮かべるようになっていた。
今自分で思い返してみても、十二分に嫌なガキだった。
 年齢が増して来ると上の二つの理由以外に、母親譲りの女顔が災いして、更に邪な下心付きで寄ってくる輩がいたせいもあって、益々頑なになった。
当然だけれど、そんなバカな考えを起こした奴にはそれ相応の報復を嫌と言うほどしてやったのだけれど。
そんな状態で年月を重ね隊に入って、それまででも色々あったけれど、伊達と言う男に出会って、少しだけ肩の力を抜く事をしてみようかと思った途端。次に神田と言う嵐に巻き込まれて、丸裸にされた。
 伊達と言う男が、俺の性格を知った上で、ゆっくりと無理をするなと語り掛けてきたのに対して、神田はもう、出会った時から無茶苦茶だった。
 人を知るも知らないも無い。ただ出来るか出来ないか。こちらも喧嘩腰なら、あちらも一緒。伸るか反るか。勝つか負けるか!と言うどちらも一歩も引けない状況で、普通なら更に険悪になろうかと言う状況だったけれど、神田と言う人間はそれよりも何よりも、すっぱりと潔かったのだ。
自分が間違っていると気付いたら謝る。
凄いと思ったら素直に褒める。
分かっていてもそれをすんなりとやるのは、年を重ねれば、重ねるほど難しくなる筈だった。
神田と言う例外を除いて。
単純で考え無しだと言ってしまえばそれまでだけど、その当時の俺には充分衝撃だった。
裏表が無くて、嘘をつけない・・・まーコレに関しては後で痛い目にあったが。
そんな男に振り回されているうちに、俺の周りに在った殻と言うモノは気付けば粉々になっていた。

 そんなとりとめも無い事を考えながら、無意識に手元にあった煙草を燻らしていたら、ばったーんと勢いよく、アパートの扉が全開になった。
「栗〜〜〜〜〜〜、ただいま〜〜〜〜〜〜!!!」
そう言ったかと思うと、上がり框に履いていた靴を放り捨てて、一気に抱き込まれて言葉も出ない。
「外寒かったんだぜ〜〜〜〜〜。」
その声に合わせるように、ボトボトと靴が畳にまで及んで、落っこちた音が耳に入る。
「・だ・・・靴。」
気付かせるように背中を拳で何度か叩くと、焦って靴を玄関に並べに行った。
「何処行ってたんだ。」
吸い掛けの一本を灰皿に置くと、神田の視線もそれに倣う。
「あ・・・そこに忘れて行ってたんだ。」
言われて初めて、今まで飲んでいたそれが神田の煙草だと気付いた。
「ああ、そうみたいだな。」
「何?俺が居なくて寂しかった?」
いつもの軽口。
当然の如く言った本人もバ〜カと言う言葉が返ってくる以外の言葉を予想していなかったと思うのに、それまで考えていた事が考えていた事だったので、つい無言になってしまった。
微妙な間が二人の間に流れる・・・けれど、やはりと言うか何と言うか、先に動いたのは神田の方だった。
腕を引かれて、背中から抱き込まれる。
「風邪はなんとも無い?」
「昨日早く寝たのが効いたらしい。・・・甘酒も・・・かな。」
肩口にあった手が顎を捕らえ、緩く上を向かせられる。かぶさって来る唇にだまって瞳を閉じた。
「栗さんがその気なんて、珍しい。」
「・・・放っとけよ。」
離れた唇を咎めるように、腕を伸ばして引き寄せる。
「で、何しに行ってたんだ?」
なんとなく繋いだ言葉には、充分な内容があった。
「あれ。」
指し示されたのは、玄関口の正月の鏡餅が置いてあった場所だった。
そう、そこには餅の無くなった三方にてっ辺に乗っていた橙と裏白だけが残されているのが目に入る。
「ああ、鏡開きか・・・。」
「そ、ウチには木槌やなんかは無いし、あんな量も喰えないだろ、だーかーらー近所の神社に行って来た。」
その言葉と共に引っ張り出されたのは、大型の水筒だった。
「何?どこにあったそんな物?」
「貸してくれた。嗅いでみ。」
言われるままに、給湯口を全開にされた水筒に鼻を近付けると・・・甘い小豆の香り・・・。
「汁粉か・・・。餅は?」
いつの間にか小振りのタッパーウェアにひと口大に砕かれた餅が八個、軽い焦げ目付きで差し出されていた。
「凄い・・・。」
思わず感心して言葉を溢したけれど、それに触る事は許されなかった。
コタツ机の上に乗せられると、触れないようにとの意図を滲ませて、今居る場所の反対側に滑らせられる。
「・・・神田?」
「おやつはこっちが済んでから〜〜〜。」
向かい合わせに抱き直されて、額に額を擦り付けられる。
思わずその子供っぽい仕草に笑いが漏れた。
「はい、はい。」
確かに神田を今、その気にさせたのは自分で・・・この男のまっすぐさも、他愛無いスキンシップと同じ位に、自分にとって弱い部分だった。
大体この話をしている間も、神田は俺の身体を離す気はまったく無さそうで・・・無意識に俺が何に弱いかを知っている男は始末に悪い。
軽く音が出るように口付けてやると、それを合図と思ったのか。
めちゃめちゃ楽しそうにそれこそ顔中に唇を落としてきた。
「あ〜〜〜〜しゃーわせ。」
「はい、はい。」
抱え込まれたまま、開けられた次の間には、布団も何もかもが放りっぱなしで・・・。
よく考えて見れば、朝食の支度でさえやってない事に気付き、自分が如何に呆けていたかを思い知る。
けれど神田はと言うと、全く気にすることも無く。
逆に好都合とでも考えているようだった。
抱きしめられながらも、脱がされて行く小器用さに感心しつつも、本当にバカみたいに素直だと、髪を梳くように頭を撫でてやる。
「栗さん、だ〜〜〜い好き。」 
懐いてくる身体の重みに安心しつつも、絆されてるなぁと自分に呆れる。
好きだと言われて、ちょっとした独占欲に振り回されて、関係を結んで早幾年・・・汁粉は一体いつ食えるんだ?なんて、感覚に支配される前の一時にあらぬ事を考えている1月初めの休日なのであった。

< END >

 『お正月』が終わったら、『七草粥』か、『鏡開き』よね〜〜〜という事で今回は、『鏡開き』ネタ。
出来上がり切っててスイマセン(汗)。たまにはこんなのも良いかなって事で。
なんか、そこいらじゅうで吹き荒れている伊達熱に浮かされたのか。結構良い位置であの男出てるなぁ・・・って事で。
でも、ウチの伊達はこんなもんです(位置関係)。
2005.01.24

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